8話 2人の子供は障がい。6年間不妊治療をしてやっと授かりましたが個性的な子供たち。さらに私の夫は…。私はエステティシャンの夢。波乱万丈な私の人生!<ムスコ~障がいと診断されるまで>

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著者: Kumi Fukuthuka

ムスコが幼稚園の時の様子です。


年少になる前の2月に、大阪から東京へ引越し。

近くの幼稚園に連絡をし、入園の手続きをしました。

このとき、まだオムツはとれていませんでしたが、そこの園長先生が「集団に入ったらすぐにとれるから、心配しなくていい」と励まされ。

ただ近いというだけで選んだのですが、この幼稚園にして良かったと思いました。


園長先生が言う通り入園してから、すぐにオムツはとれ。

集団生活で学ぶことも多く、ムスコの成長を感じていました。


年中の時に、一度先生から「工作の時に全体の指示でわからない時があります」と言われたのです。

私は、「あ~そうなんだ」という程度で受け止めていました。


年長になり、友達を家に連れてくる事が増え、様子をみていると、どことなく一方通行のような気が・・。

私は、これから徐々に学んでいくだろうと思っていたのです。

この時の私は全くムスコに障がいがあるなんて夢にも思っていませんでした。



それから幼稚園も卒業をし、近所の小学校に入学。


ムスコが小学校に入ってから、ムスメの発達が遅いことで、主人、私、ムスコ、ムスメと病院に行きました。

そこで、想像を絶することを病院の先生に言われたのです。


つづく・・


次は、ムスメのことです。

















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