【ミーハーの一念、岩をも通す】「QUEENに会いたい!」子どもの頃の夢を実現させたわたしの物語 第二章

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玄関のチャイムが「ピンポーン♪」


スッピンだしパジャマなので、ドア越しに

「どなたですか?」


そしたら、


「トテモステキナホンヲ、プレゼントシニキマシタ」 


外人だ!

英語喋れるぞ!\(^o^)/


当時のわたしは、週1で英会話スクールに通い、

自宅で子ども相手の英会話教室をやっていましたが、

それでも英語が話せる機会を貪欲に求めてました。


「英語を話すチャンスだ!」


そう思って、迷わずドアを開けた。

 


そこにいたのは、アメリカ人の青年2人。

モルモン教の宣教師でした。


当時住んでいた社宅にモルモン教の信者の方が住んでいて、

そこを訪ねたついでに来たようでした。


宗教の勧誘とわかり、一瞬ひるんだものの、

英語が話したい!という欲望には勝てず、

玄関にてしばし立ち話。


それまで「モルモン教」は新興宗教で怪しい、

というイメージを持っていたけれど、

目の前にいる青年たちは、至ってまとも。


「モルモン教の話を聞いてほしい」


そう言われて、

「これは英語をもっと話せるチャンスだ!」と思ったわたしは、

「いいよ!」と快諾。


こうして、彼らが頻繁に我が家を訪れるようになり、

英語を日常的に話す環境を手に入れたのでした。



さて、そして11月。

果たして、Brian May Bandが来日。


娘はまだ5歳だったので一緒に連れていくことはせず、

元夫に留守番と子守りを頼んで、ひとり大阪厚生年金会館へ。


当時の私はQUEENファン友達もおらず、

情報を得る手段もほとんどない状況だったので、


「どれぐらいの人が来るんだろう」

「まだQUEENファンっているのかな」


そんなことを思っていました。


そんな心配を覆すほど、会場にはたくさんの人がいて、

みんな、久しぶりのQUEENに興奮気味な様子だった。


最初のブライアンの登場で号泣。

QUEENの曲をやるたびに号泣。


号泣、号泣、また号泣。


フレディはもういないけど、

残されたメンバーはまだこうしてがんばってる。

これを応援しないでどうする!?


わたしは、ファンの最後の一人になっても、

QUEENを、残されたメンバーを全力で応援するぞ!


そんなことを心に誓ったのでした。



Brian May Band来日の翌年1994年。


今度はRogerが、

5月に奈良の東大寺で行われる音楽イベント

「あおによし」にX-JAPANのYoshikiとコラボで出演する


というニュースが飛び込んできた。


奈良かぁ。。。


しかも金土日の開催。


金曜日は幼稚園があるし、

元夫はサービス業勤務で土日は仕事が休めず

帰りも遅いから、預けることもできない。


幼い娘を連れて奈良まで行くのは難しい。。。


「今回は見に行けない」


そう判断し、泣く泣く断念。(T ^ T)


このイベントは他にも錚々たる顔ぶれのもので、

新聞にも度々大きく広告が出ていた。


そこには協賛企業も載っていて、

その中に大阪の或るホテルの名前を見つけた。


「Rogerはこのホテルに泊まるに違いない」


そう確信したわたしは、

そんなことをしてもどうにも何にもならないのに、


「あおによし」の当日、ホテルに電話をしてみた。


「そちらにRoger Taylorさんはお泊りですか?」


有名人の宿泊は、たいていの場合マル秘扱いで、

こんなふうに電話で問い合わせがあっても、

「お泊りはございません」と答えるのが普通。


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