フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第22話
私は素っ気なくそう言うと更衣室へ入った。
ミホの失踪以来、玲子との間に見えない溝が生まれていた。
単に私の一方的な気持ちに変化に過ぎず
彼女は気に留めていないだろうが…
いや、今となってはそれだけではない。
佐々木が玲子の恋人だという事実
言うまでもなく、私の中に女としての対抗心が芽生えていたのだった。
割り込んできた車に、佐々木は舌打ちして
クラクションを鳴らし続けている。
「ざけやがって」
私はそろそろ見ていられず
「もう、それくらいにしたら?」
とだけ言った。
「クッソ!」
佐々木はシートにもたれた。
気持ちを落ち着けているようだった。
ガキだなあ…とずっと年上の佐々木を見て思った。
「ほらよ。飲むか?」
佐々木が缶コーヒーを差し出した。
「あ、どうも」
私は受け取った。
缶はまだ十分温かかった。
私はいつものクセでそれを頰にあてた。
「あったかい…」
佐々木は私をチラッとだけ見た。
「お前、ちゃんと眠れてんのか?」
私は黙った。
「眠れないんだろ」
私は小さく頷いた。
「やっぱ、まだ…恐いのか?」
私はもう一度頷いた。
「目閉じるとあの顔が見えそうで…時々夢にも出てくるし」
本当だった。
あの時の
あの男の息遣い、硬く重い体の感触
地面の冷たさや身体中の鋭い痛み
1つ1つ克明に覚えている。
何かの拍子に思い出すし、夜はたまらない時がある。
「無理もねえよ…」
佐々木がつぶやくように言った。
そして、缶を開けるとコーヒーを口に流し込んだ。
「お前も、飲めよ。あったかいうちに」
私も缶を開け、口をつけた。
甘くて暖かくて、美味しかった。
「無理に忘れようとすんなよ。そのうち忘れる、絶対」
「うん…」
アパートの前で車が止まった。
佐々木がハンドルを握ったままこちらを見ている。
「ちゃんと戸締りしろよ」
私はいつものように
「ありがとう」
と言いドアを開けようとした。
「なあ、明日休みだろ」
私は佐々木を振り返った。
明日は日曜日だ。
「今からさ」
佐々木が探るような目で私の目を見た。
「どっか行くか?」
「え…」
「いや、お前どうせこれから1人だろ。男もいねーみたいだし」
「そ、そりゃいないけど」
私はハッとした。
狭く暗い密室で佐々木と見つめあっていることを思い出し
慌てて目をそらした。
そして静寂を取り繕うかのように言った。
「ど…どこへ?」
佐々木が笑って言った。
「さあな。それはお楽しみ〜〜」
もう一度、背の高い佐々木を見上げた。
あの日の少し照れ臭そうな少年の顔と重なって
胸が騒いだ。
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