若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
愛想のない返事をすると、電話の向こうから聞きなれた声がした。
「うしか、お前合格しとったで」
同級生のHGから、電話による合格通知が届いた。声の後ろではガタゴトと電車の通過する音が聞こえていた。
HGも神戸大学工学部土木工学科を受験していた。自分の合格を確認した後、僕の姿が見えないので、親切にも僕の合格を確認していたのだ。
「そうか。とおっとったか。ありがとう」
僕は、ペコリと電話機に頭を下げながらお礼をいった。
(やっぱり、合格しとったか)
僕には変に自信があった。あれだけやったんやから落ちるわけがない。ずっとそう思ってきた。
3年生の6月に、西宮ボウルが終わって、一旦引退したときに、進路面談があった。
進路指導室で正面に僕を座らせて、担任のQ先生がいった。
Q先生は、大学の研究室が似合いそうなインテリタイプの先生だった。
「おまえは就職するんか。進学するんか」
「もちろん、進学します」
僕は、胸を張って答えた。
「そうか、進学するんか。進学するんやったらどこの大学を受けるつもりや」
Q先生は、銀縁の大きなめがねに手をやった。
「神戸大学です」
僕がそう答えると
「えっ、…、冗談やろ…」
Q先生は後ろにひっくり返りそうになった。
「先生、冗談と違うで。本気や」
僕がむきになって答えると、
「フットボールしかやってないおまえの学力で、神戸大学なんか合格するわけがないやろ。だいたい、最近はうちから国立に入ったやつすらおらんのやで。あほなことをいうな」
Q先生は、はき捨てるようにいった。
「先生、そやけどな。うちは、母子家庭やから私立にいくお金はないねん」
「下宿もでけへんし、一番近い国立の神戸大学にいくしかないんや。もし、合格せえへんかったら働くわ」
僕も意地になって答えた。
そしてそう答えながら
(今にみとけ。絶対合格してみんなをあっといわしたる。秋までフットボールをやってもちゃんと大学にいけることを証明したる)
と心のなかで誓っていた。
「今から間に合う訳がないやろ」
「まあ、自分のことやから、勝手にしたらええけど」
Q先生は、そういって早々と面談を打ち切ってしまった。
僕は、面談の後で早速近くの書店に行き、1冊の数学の問題集を買った。できるだけ薄い受験用の問題集を選んだ。1冊を最後までやってみて自分の実力を早く見極めたかったからだ。
その問題集は、2週間で全てやった。実際の入試問題が載っているので、中には何時間考えても解けないものがあった。
しかし、僕は自分が入試問題のスタイルに慣れていないのが、問題を解けない原因で、根本的なものではないと考えた。僕は恐ろしく楽天的な考え方をすることがある。そして8ヶ月あれば十分に対応できると勝手に確信した。
僕はそれから、毎日、家に帰ると8時間の猛勉強を続けた。
部活は8月までないので、毎日午後4時には帰宅した。
帰宅するなり、自分の部屋に閉じこもる。
この部屋というのが、母親が受験勉強のためにと大工であった自分の弟に頼んで、急遽作ったものだった。
母親から勉強部屋を作る提案があったときに、僕は
「ええで、そんなもんいらん。どこででも勉強できる」
と断っている。家計を心配したからだ。
しかし、母親は、無理をして部屋を作った。
納屋の屋根裏を改造したもので、天井までの高さが1.8メートルしかなかった。見上げると頭の上にすぐ天井があった。
それでも、僕には自分の部屋があるのはありがたかった。一人きりになれるからだ。
もし、この部屋がなければ僕は就職していたかも知れない。
僕は、部屋に入ると夕食と風呂とトイレ以外は一切外に出なかった。最初は数学の受験問題集から始めて、物理、地理、化学、国語と進め、英語の文法をやった後、最後は単語、熟語の暗記をして寝る。毎日20個を覚えるようにした。これで入試までに5000個を覚えることができる。
暗記を最後にしたのは、なんとなく覚えた後すぐに寝たほうが忘れないような気がしたからだ。
受験勉強を始めたころは、長く机に座っているのが苦痛だったが、しばらく続けるうちに、勉強することが楽しみになってきた。不思議なものだ、と僕は我ながら感心していた。
僕は京大や東大の過去問が解けるとうれしくてたまらない。早く次の問題を解きたくて、夕食を10分で済ますと、また部屋にもどり毎晩ラジオから流れてくるヤングタウンを聞きながら勉強を続けた。
僕がいつも単語の暗記を済ませてベッドに横になるのは午前2時ころだった。
翌朝は、7時に起きて学校に行く。
そのリズムを毎日毎日繰り返した。8月になって練習に再び参加するようになってからは、さすがに帰宅は8時ころになったが、同じリズムで勉強を続けた。
よく、部活で体が疲れて勉強に集中できないという話を聞くが、部活が再度始まったころには勉強の習慣が体に染み付いていて、僕のこのリズムに変化はなかった。
僕は習慣の恐ろしさを実感した。毎日同じことを繰り返すうちに少しずつ実力が付いてきたのが体全体で感じられるようになってきた。
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