私が「自由」を求めるワケ②

著者: Kayo Satou

前回は、本の話で終わりましたが、

本について大事な事を1つ書き忘れた事があるので、
追加します。

私は物語の中でも特に「西遊記」が大好きでした。

アナタもご存知の様に、
孫悟空や沙悟浄・猪八戒などの無法者が
三蔵法師の導きやお釈迦様の導きで
様々な冒険を乗り越えるお話が、
最初は怖かったのですが、
何度読んでもハラハラしたり、
ドキドキワクワクしたりするのがクセになり、
いつも胸を踊らせながら読んでいました。

この物語で学んだ事は、
困難続きの冒険を乗り越えて目標を達成させた事、
悪人が一時期は優勢を誇っていても、
いつかは悪事はバレてしまい栄華は続かないという事、
お釈迦様には到底かなわない事、
無法者も心を入れ替えれば善人になれる事、
など、
人生における教訓がことごとく散りばめられていたのが印象的で、
その後の私の人生に大きく影響しています。

なので、
色々なタイプの西遊記の本を読みましたし、
テレビで放送された西遊記がらみの作品や映画などは、
ほとんど観ています。
(もちろんドラゴンボールも?!笑)

また、本の話になってしまいました。
好きな事についてはつい熱くなるタチで・・・
すみません。


幼稚園時代の話に戻ります。

幼稚園に入る頃、
お姉さんは一緒に暮らし始めました。

幼稚園はカトリック幼稚園でした。
特にキリスト教信者の家庭というワケではなかったのですが、
たまたまだった様です。

幼稚園の教育で、
食事の前には神への感謝のお祈りをし、
寝る前には神へ感謝して眠りにつきました。

卒園時にもらったマリア様の人形は、
大きくなるまで私の心の支えでした。

現在は特に何かの宗教に属しているワケではありませんが、
神のごとき「大いなる存在」は確かに感じています。


ある時、幼稚園のお友達に誘われ、
バレエ教室に入りました。

幼稚園時代の私は典型的な夢見る女の子で、
可愛い物やキレイな物が大好きで、
ピンク色やリボンやひらひら
としたドレスに憧れていました。

なので、
バレエでキレイなヒラヒラの衣装を着て、
お化粧をしてもらって舞台に立つのが、
とても大好きでした。

発表会では「白雪姫」の主役を
ダブルキャストでやり、
以外と本番には強い自分を発見しました。


家では2歳上の兄の影響で、
ウルトラマンやミラーマンなど、
男の子向けのおもちゃで遊ぶ事も多く、
カッコイイ物も大好きでした。

兄と一緒に近所の男の子集団で遊ぶ事も多かったので、
ちょっと危ない事なんかも結構してました。

私の中身が男の子っぽいのは、
きっとその頃の影響でしょう。


幼稚園の年長さんになると、
字を書く練習が始まりました。

その頃から、
父の厳しい教育が始まりました。

正座をして、
お手本どおりに書けるまで、
何度も練習をさせられました。
初めて字を書くのですから、
最初からうまく書けるハズも無いのに、
父は容赦しませんでした。

怒鳴られ、叩かれ、
字を書く練習は苦痛でしかありませんでした。


小学校入学の頃、
お姉さんをお母さんと呼ぶ様に言われました。

広島から引っ越して、
岐阜県の瑞浪市の小学校に入学しました。

古い木造の校舎で、保育園を廊下で繋がっており、
休み時間に保育園の子とよく一緒に遊びました。

でも1学期だけで又引っ越し、
鹿児島県の鹿屋市の小学校に転校しました。

住まいは住宅街の中の一戸建てだったので、
同年代の子供がたくさん居たり、
空き地もたくさんあったので、
遊ぶのに苦労はしませんでした。

二年生の夏休み、
私だけ東京のお姉さんの実家に遊びに行きました。
お姉さんは4人兄妹だったので、
おばさんやおじさんやおばあちゃんに遊びに連れて行ってもらい、
とても楽しい夏休みでした。

ですが、
帰ってくると兄が居ませんでした。

父に聞くと、
私達を捨てたハズのお母さんのところに行っている、
二学期が始まるまでには戻ってくる、
との事でした。

じゃあすぐに会えると思って待っていたのですが、
彼が家に戻ってくる事はありませんでした。

兄が消えたのを不審に思った近所の子供達に聞かれ、
本当のお母さんのところに行ってしまった。
と本当の事を言いました。

それを知ったお姉さんは泣き、
父は、何でそんな事を人に言うんだ!
と怒鳴られました。

私にはワケがわかりませんでした。
だって聞かれたから、
本当の事を言っただけなのに・・・。

口止めされていたわけでもなく、
周りにはこう言えと言われていた訳でもなかったのに、
一番ツライのは兄に逢えない私なのに、
何で本当の事を言っただけの私が責められなければならないのか、
わかりませんでした。

いつも嘘はいけないと言われていたのに、
人に嘘を言えと強要する親に、
ココロを閉ざして行きました。

それまでは兄がいつもそばにいてくれたので、
母がいなくても父が留守でも大丈夫だったのに、
ココロにぽっかり穴が空いた様になり、
感情を失くしてしまいました。
お兄ちゃんに甘えて泣き虫だった私は泣かなくなり、
笑顔も無くなって行きました。

いつの頃からか、
私は自分を外側から見ている自分に気が付きました。
第3者の様な視点で何かをしている自分を外側から見ている自分。
どっちが本当の自分なのかわからなくなる感覚。

それは大人になるまで続きました。
あの感覚は何だったのか、
今はほとんどそういう状態にはなりませんが、
今でも、あれは何だったのか不思議でなりません。


今日は、ここまでにしておきます。




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