酒とオレと 〜さようなら平成〜

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さらなる悪い妄想が脳裏をよぎる。

ニュースで見た凶悪犯罪者の事件などが思い出される。

世田谷一家殺人事件。
光市母子殺害事件。

妻の母から鍵を預かり、挨拶もろくにせずにまたママチャリにのって全力で漕ぐ。

行きの15分の全力疾走で今までの人生では感じたことのない、尋常ではない「疲れ」が襲ってきた。
めまいがする。涙とよだれを飛ばしながら再び半狂乱で漕ぐ。

「半狂乱」

人生で半狂乱に陥ることなどあるだろうか?
半狂乱とは。

映画や小説、マンガで「半狂乱」を思い出せるシーン、何かあっただろうか。

少年ジャンプ世代の僕の脳には、子供だましのバトルものしか思い出せなかった。人が本当に「半狂乱」に陥るような、人生の極地を描いたものは見当たらなかった。

映画はどうだ。
拷問をうける男。
アメリカ映画の囚人者でそんなものもあったような気がした。
連日ゴリゴリのホモにレイプされて、完全に狂ってしまうオトコがいたような。ショーシャンクだったか、いや蟹工船の勘違いかもしれない。

大人になってから読んだ「カムイ伝」という漫画で半狂乱になった男を思い出した。非常に真面目な農家を営んでいた父親が娘を凌辱された。娘は自殺に追い込まれ、因果がすれ違い死体を市中に晒されてしまう。真面目だった父親はその後半狂乱の「狂人」となってしまう。
そういえば、「コージ苑」という漫画に失意の童貞ボーイが突然半狂乱になっていたのを思い出した。ジャンプじゃなくてビックコミックスピリッツでの連載だ。やや大人向けのスピリッツだった。

これらの「半狂乱」の事象は数日の拷問や積もり積もった鬱積を経ていたりするものだ。
だが、この瞬間的に絶望におとされる「半狂乱」はどの物語でも学習したことがない。初めてすぎる衝撃に僕の脳は混乱を極めていた。

昔の「戦争」はこんなものだったのだろうか。
大規模な「自然災害」の急襲も、こんなものなのだろうか。

いや「戦争」や「自然災害」は自分だけに起きている事象でない。
国や地域など個よりも「全体」に襲いかかる事象だ。

今回は自分だけの「個」を狙って急襲されている。
「善良な一般市民」のつもりだったけど、どうして「半狂乱」に追い込まれてしまったのか。


いつの間にか、なぜ、オレはなんでこんな男になってしまったのだろうか…


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酒は、いつ、どこで、覚えてしまったのだろう。

ドリカム的にいうと、


♪ねぇ どうしてー、 ルルルルル、お酒飲んじゃうんだろう♪


となる。


酔っても誰かに暴力をふるったりするわけではないようだ。
ただ起きるとアザだらけになっていたり、擦り傷切り傷が出来ていることはしょっちゅうだった。

千鳥足というレベルではない。生垣に突っ込むなんてのは日常茶飯事。酔ってると神経が麻痺してて痛くないもんだから、生垣へのダイブは場末の台湾式マッサージに入り込むような気持ちよさがある。

人には危害は与えないが、

「自動販売機と喧嘩してましたよ」
「昨日、めちゃくちゃ電柱にラリアットしてましたよね」

と人身事故だけは起こさないように気を遣って暴れているようだった。僕がそのアルティメットに敗北したことは翌日のアザの鈍痛であきらかになっている。コンクリート、鉄などの固形物と戦っても勝てないという、ホモ・サピエンスの限界を若くして知ったので、「サピエンス全史」なぞは読む必要はないと悟った。

そんな目にあってまで、なぜ、また。
ルルルルル
再び泥酔しちゃうのは、なぜなんだろう。

なんせ自分では記憶がない。当時の泥酔シーンを目の当たりにした同伴者からのヒアリングをするしかない。私はこの調査に本格的に乗り出すことを決心した。古くからの知人と再会し、脳の奥にある記憶を探り出す作業は想像以上に難航した。

大学生時代から酒を覚えたのは確かだ。饒舌になる。解放感が生まれる。喜怒哀楽が激しくなる。抑圧された感情が解放される。大胆になる。

茨城県牛久市出身の非モテ男子。田んぼに囲まれたあぜ道。毎日毎日、寒風に晒されながらチャリを漕ぐ10代の鬱屈な日々。共学なのに女性とはほとんど喋れないシャイボーイ。

この「異様なるドロドロとした10代の抑圧」が溜まりに溜まりすぎていたのかもしれない。コンスタントな自慰行為では解放されないほどのマグマ。

ボクのマントルで作られたマグマはアルコールで大噴火。
女性と付き合ったこともないし、手も繋いだこともない男が、「恋のABC」をアルコールの力でクリアしていく。まるで魔法のポーションだ。「経験値ゼロ、レベル1、ぬののふく、攻撃力1」なボクが、そのポーションで無双化する。

自分でも衝撃だったのが、初めてのA面クリア、B面クリアが同じ日で、それぞれ別の人で、寂れた汚らしい田舎の公園だった。一ミクロンのロマンチックもなかった。A面はコンビニで買ったバナナフィズの味がした。B面はそれよりもウォッカのような濃さがあった。ただ、いずれも記憶がおぼろげであり、オトコとしての達成感はゼロに等しかった。

ちゃんとした初めての恋愛も酒のチカラだった。
高校の同窓会だった。東京の大学に進学したボクは、久しぶりに会う茨城の同窓生に対して、

「茨城の白木屋も、新宿の白木屋と変わんないんだなー」

などと、都会派気取りの嫌味スベりトークを繰り広げていた。

「やっぱ、定番は軟骨の唐揚げじゃん?」

「やっぱ」と「じゃん」口調。「んだよ」と語尾を上げる茨城訛りはすっかり鳴りを潜めた。

10名ほど、男女半々な同窓会だったが、ボクは徐々に同窓生との話よりも、バイト店員さんの女性が気になり始めていた。カルーアミルクを5杯ほど飲むと、饒舌、大胆になり、店員さんにオーダーするたびに声をかけるようになった。

「きみ、かわいいっすねー!毎回きみにオーダーとってもらいたい!じゃあ、カルーアミルクおかわり!」

店員さんは社交辞令な笑みを浮かべていた。
恋愛経験ゼロなボクは、魔法のポーションも効いてきて、それが「天使の微笑み」のように見えた。

「カルーアミルク、もう一杯!名前は何て言うの?マミちゃん?そっか。じゃあ、おれ、マミちゃんのために飲んじゃおうかなー。がんばる!」

バイト店員のために飲むってどういうロジックなのだろうか?キャバクラじゃあるまいし、売上貢献したところで彼女のバイトは変わらないだろう。そもそもキャバクラも行ったことないくせに。

10杯ほどオーダーすると、もうボクは彼女にぞっこんになっていた。夜11時を過ぎ彼女はそろそろバイトのシフトが終わるのか、店長らしき男の人とボソボソ話していた。

「ああ!マミちゃん、オトコと話してやがる!くそっー!!浮気ものだ!」

非モテレベル1のオトコはどうしようもない自分勝手勘違い思考を備えている。仕事中なんだから店長と話すのが当り前だろう。酔ったお客のお前と話すのが異常なんだ。

「ちくしょう。。。ちくしょう。。オレのマミちゃんが、あんな冴えない白木屋の店長にもっていかれた。色白でナヨナヨしたオトコだぞあれは、やめておけよ。。。オレは東京の大学生なんだぞ」

そこから記憶がなくなっていった。2次会はカラオケにいったようだが、記憶がほとんどない。高校時代ほとんど話さなかった女性クラスメートたちと1994年リリースの「愛が生まれた日」でもデュエットでもしたのだろうか。

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