酒とオレと 〜さようなら平成〜

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自分の身が軽過ぎる。体重が軽過ぎる。
何も持ってない。あれ、いつもの肩掛けカバンがない。
お尻のポッケに入れてる財布もない。
携帯も家の鍵も全部カバンにいれてあるから何もない。

全てがなくなっていた。

「ああああ。。。。やってもうた。。。」

人生で財布、携帯を単体でなくしたことはあったが、バッグやポケットに入れてあるもの「全て」を無くしたのは初めてだった。

「タクシーで帰宅したはずなのに、何でだ…」

朝日を背に浴びながら、清洲橋通りを自宅方面へトボトボと向かった。
家の鍵がないのでインターホンを鳴らしてマンションに入った。

「あらら、またやっちゃったの?」

ボロ雑巾のような姿になっている僕を見て、妻は呟いた。
彼女はすっかりボロ雑巾の扱いに手慣れていた。結婚して2年。「僕」というしょーもないオトコの取り扱いに慣れ始めていた。

「まずはクレジットカードを止めないとね」

財布にはクレジットカードが3枚ほど入っていた。

「こちらクレジットカードコールセンターです。あ、紛失ですね。かしこまりました。まずは利用履歴を確認させて頂きますので少々お待ちください」

♪チャンチャラチャラチャンチャンチャン
♪チャンチャラチャラチャンチャンチャン

「大変お待たせ足しました、本日早朝にローソンA店にて2万円、続きましてローソンB店にて3万円…。合計18万円ほどご利用されておりますが、間違いないでしょうか?」

ローソン?コンビニに行った記憶なんてないぞ。オレは酔っ払ってローソンでおでんでも買ったのだろうか?2万円?おでんそんな食えねーぞ。
ローソン内にあるロッピーという端末で複数枚のチケットを爆買いしているようだった。

完全にプロの犯行だった。

犯人は泥酔して路上に寝ていた僕を見つけ、バッグやら財布やらを瞬く間に全て剥ぎ取った。そしてすぐさまクレジットカードを悪用した。換金性の高い「チケット」をコンビニで買う。早朝の1時間足らずで近隣のローソンを数店舗ハシゴしている。総額20万ほどが使い込まれていた。

「これはまずい。。。」

次に銀行のキャッシュカードの利用を止めた。ノートパソコンも盗まれていたので、いくつかのインターネット証券の利用も止めた。

財布には免許証も入っているし、プロの犯行とあらば、まだまだ悪用の手口はありそうだ。
僕はドロ沼に落ちていくような感覚を覚えた。
全身から冷や汗が湧き出るような気がした。
強度の二日酔いで頭も痛く、冷静な意思決定ができない。

「警察に行かなくては。。。」

被害者側もいち早く行動を早く起こさないと、より被害が拡大する。相手は早朝の1時間あまりで手早くクレカを悪用するプロである。海外ドラマ「24」の世界観に近い。一刻一秒を争う戦いだ。

「今日は長い1日になりそうだ」

ジャックバウワー気分に浸る余裕もない。二日酔いで頭痛が止まらない。そもそもバウワーみたいな怒り行動キャラじゃないから。刑事でいったらバウワーというよりは、「あぶない刑事」か「踊る大捜査線の青島刑事」か。いやいや、踊る大捜査線でいったら、「スリーアミーゴズ」のキャラ設定に近い。

「ちょっと交差点の派出所までいってくるわ」

ややしかめっ面をして「私、戦場に行ってきます」ぐらいの口調で妻に呟いた。国際派テロリストとの戦いがこれから始まるのかもしれないので、眉間に深くシワを寄せて真剣なしかめっ面になる。

小さな赤ちゃんを抱えた妻は僕を玄関まで送り届ける。火打石でも打ってくれるのだろうか。神妙な面持ちで敬礼でもしようとすると、僕は玄関で出かける前の忘れ物チェックをすると重大なことに気づいた。

「あれ?あ、財布と携帯忘れたわ」

とぼけた行動を得意とする「自称泥酔刑事」は冷静な妻から

「だから、それを昨晩、盗まれてるんでしょ。だから、今から警察に行くんでしょ?」

と諭された。

外から連絡取れるように妻の携帯電話を借りて外出することになった。
玄関口で妻から1杯の冷水を渡されて、一気に飲み干し、近くの派出所に向かった。

マンションを出て、大通り(清澄通り)の交差点を渡ってすぐに派出所がある。定年間際のいかりや長介さんのようなお巡りさんがパイプ椅子にゆったりと腰掛けていた。

「すいません、、被害届を出したいのですが…」
と派出所に入るやいなや、

「なんだー。オメェか!!」

とギョロ目を見開きながら語りかけてきた。

このお巡りさんは僕のことを知っている??

ん、僕は青島刑事だったのか?

和久さん?ワクさん?いや、いかりや長介さん?生きてたの?
夢?
あ、これ、よく死んだおばあちゃんや死んだ飼い猫が出てくる夢?

あ、これって夢か実は。
よかったよかった。

全部夢ね。まるまる夢ね。
財布も携帯も盗まれてないか、あー、あぶなかったー。ホッとしたわー。
だって、家の近所の道端でちょっと寝ちゃっただけだもんな。全部盗まれるなんてことあるわけないよな。

歌舞伎町とか繁華街じゃないんだし、犯罪率の低い住宅街なんだし、そんなことあるわけねーよな、よく考えたら。

すげー、リアルな夢でほんとビビった。
清洲橋通りとかほんとリアルな世界と何にも変わらなくて、夢ってほんとによく出来てるよなー。ヴァーチャルリアリティの世界なんて来なくていいかもしれないな。


====

「オメェ、だから、昨日、家に帰れって言ったっぺよ。ダメだなお前さんは」

昨日の夜、近隣住民から通報があって、「路上で寝ている青年がいる」とのことで深夜に駆けつけていたようだった。
いかりやのお巡りさんに叩き起こされたが、僕は起き上がって「あー、ありがとうございます。大丈夫です、大丈夫です。帰ります。かえります。家、すぐそこなんで」と会話のやりとりをしたらしい。

これは夢じゃなかった。

僕が昨晩のことを覚えていないだけで、このいかりや巡査とは連日の邂逅だった。

家に帰ると豪語したものの、僕はその後、そのまま近くの駐車場で二度寝をしてしまったのだろう。

「オメェさん、自分で『大丈夫だ、大丈夫だ』なんて言ってっから」

「どれどれ、じゃあ、調書書かなくっちゃな。オメェさんは年はいくつだ?あんだ、オトナじゃねーか。うちのセガレと変わんねーな。しっかりしねーとダメだよ、オメェ」

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