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Ishiyama Megumi

Never ever stop exploring!

人生は旅。

楽しんだもん勝ち。

Difference is beautiful.
Love yourself, lover,family,and friends..

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Ishiyama Megumiの人生のストーリー

アラビア語教室?

語学学校  留学当初、私は語学力が足りず、語学学校スタートでした。最初のクラスは、アラビア人、タジキスタン人、日本人のクラス。アラビア人のクラスメイトは、いつもアラビア語で会話し、英語の習得と授業に対する意識がとても低いクラスメイトが多くいました。また、他のほとんどの日本人も日本人のグループを作っていて、私と同じモチベーションの友達を見つける事はとても難しいものでした。母国語ばかり話すクラスメイトや

おむすびと始発電車

大学生の頃、体育会女子ラクロス部に所属していました。ラクロス部は、朝の練習。大学は吉祥寺で、自宅は千葉県佐倉市。片道およそ2時間。もちろん朝は始発電車でした。毎日、とてつもなく大きいおにぎりを作り、朝の始発電車でほおばっていたのを覚えています。そして、朝練の後は授業に出席、そして帰宅し、アルバイト。帰りの電車は毎日爆睡、何度も乗り過ごした記憶があります。睡眠時間は毎日4時間くらいあれば良い方でした。

棒高跳

学生の頃の私は、生粋のスポーツ少女でした。小学生の間は水泳、ミニバス、長距離走。中学生から高校生の間は陸上競技。そして大学生ではラクロス。 その中で一番大好きだった競技、それが棒高跳びでした。 出会い 中学2年生の頃、ある先生が私の中学校に転任してきました。彼は体育教師で、いつも長髪を後ろに束ね、外ではサングラス。そんな一見変わっている彼が、陸上部のもう一人の顧問になったのです。とても厳しく、しかし

ターニングポイント

憧れ  小学生低学年くらいの頃、初めて母の仕事姿を見ました。  それは、ニュージーランドに向かう飛行機の中でした。その時、笑顔で接客している母が、キラキラしていたのをなんとなく覚えています。その時の母は、人一倍輝いて見えました。  母親の仕事のおかげもあって、幼い頃は、よく旅行に連れて行ってもらいました。旅先では、母が外国人と英語で会話し、母がいなければ海外に旅行へ行くなど考えた事もありませんでした

人生初のクリーンルーム

寒い夏   室温22度。2012年の夏は、ほとんどこの気温に保たれた中にいました。夏なのに寒い時も度々あったほど!    私は、6月の終わりから9月の半ばまで工場で生産ラインに入り、作業員をしていました。その時、東京でのトレーニングもまだ残っていたのですが、突然のスケジュール変更でした。  5日後に三重県に行く事を知らされた時は…かなり動揺しました。  ですが、まだ会社は始まったばかりでしたし、突

「あたりまえ」は「あたりまえ」ではない

一人暮らしを始めてみて思う事。 それは、今まで家族がしてくれていた「あたりまえ」な事は、全く「あたりまえ」ではないということ。 無意識の中にあって普段は気づかないことかもしれないけど、実はとても大きいということに改めて気がつき始めています。 一人で暮らす 仕事が始まると同時に一人暮らしを始めた私。 朝は大体適当に食べて、昼は外食といってもほとんどコンビニ、夜はまた適当に作るか外食という感じに。 一日

祖母との何気ない会話-めぐちゃんの花嫁姿が見れないかもしれないわねと言われた話

それはゴールデンウィークの真っ只中に 母から夜中の2時過ぎに来たメールで、 「ばーば危篤状態だから早く帰って来て。意識なし」 私はその時、ゴールデンウィークで軽井沢に来ていました。 その早朝に、千葉に帰ろうと準備をしていた時、 母からの電話が鳴りました。 その時点で、私には何を言われるか予想できていました。 電話の向こうで母の泣いている声が聞こえました。 「ばーば亡くなったよ。」 入院する前日-6日

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和田 圭祐
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新卒社員としてフューチャーベンチャーキャピタル入社するまで

ベンチャーキャピタルに興味を持った頃(大学3回生) まずベンチャーキャピタルという仕事を初めて知った経緯なんですが、2002年頃当時大学3回生だったときに、先輩に薦められて『吾人の任務』という本を読んだのがきっかけでした。グロービスの堀さんの著作で、堀さんがMBAを取得してからマネジメントスクールとベンチャーキャピタルを立ち上げていくお話です。 「ベンチャーキャピタリスト」という職業は日本にはまだま
家入 一真
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paperboy&co.創業記 VOL.1: ペパボ創業からバイアウトまで

12年前、22歳の時に福岡の片田舎で、 ペパボ ことpaperboy&co.を立ち上げた。その時は別に会社を大きくしたいとか全く考えてなかった。家で仕事が出来て、仕事をしながら子育て出来ればそれでいいやと思ってた。当時サラリーマンをしてたんだけど、中学2年から引きこもり、対人恐怖症気味だった僕には、定時出社や同僚とのコミュニケーションが苦痛でしようが無かった。サラリーマンを辞めたいが為の起業。どちら
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料理で伝わった母の愛。

僕は、普通の家庭に生まれた。 きっとSTORYS.JPなら、 珍しい体験をさせて貰いながら育った!ありがとう母! 絶縁状態だった母が病気に...。 グレてた時、母の愛を知って更生! 系の話が多いんじゃないかと思うけど、 僕は、普通の家庭に生まれたし、母はずっと健康だし、残念ながら僕はグレてもなかった。 ただ、いわゆる一般家庭とちょっとだけ違うのは、こじんまりとした自営業で、親の休みなんて無かったって
大柴 貴紀
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16歳夏の忘れられない悲しい出来事

これまでの人生で最も勉強をした時期である中学3年の冬。僕の勉強机は家族の寝室の一角にあった。夜遅く勉強する時は部屋の電気を消し、机の蛍光灯だけで勉強した。傍らには家族が寝ていた。机の蛍光灯が寝ている母親の顔に当たらないように工夫したりした。この頃、母親の体調が急激に悪くなっていた。 母親の様子が少しおかしいなと気づいたのは秋くらいだった。これまで就寝時以外に横になっているのを見た事がなかったが、この
竹内 紳也
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出会って30秒ぐらいの人にプロポーズした話 【第2話】

嫁募集、前夜 2013年3月31日。 僕が徹夜で書きあげた原稿は下記の様な構成で成り立っていた。 なぜ結婚がしたいのか 自己紹介 未来の嫁に対する願望 これまでの人生について これからやりたいこと 周りの人間からの評価 嫁に希望する条件 応募方法 ※実際に書いた記事はこちら 紳さんこと、株式会社LIGメディア事業部・部長の竹内紳也が嫁を募集します。 あくまでも真面目に、なるべく真摯に、真剣さが伝わる
竹内 紳也
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出会って30秒ぐらいの人にプロポーズした話 【第1話】

プロローグ - 写真で見たよりも、可愛いな - 部屋に入り、テーブルを挟んで向かい側の席に彼女が座るまでの30秒間、そんな事を考えていた。 『初めまして』 僕が彼女に向かって、最初に発した言葉がそれだ。 果たしてこのプロポーズは成功するのだろうか。 竹内紳也・30歳。 この物語を円滑に理解して頂くために、ひとまず、自己紹介をさせて頂くとする。 竹内紳也の30年間 最初に言っておきたいのだけれど、僕は
笠井 レオ
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僕が外国人に間違えられたエピソード7つ

【序章】僕は決して、スペイン人ではない 僕、笠井レオ(本名・写真右)は生まれつき、出逢った人ほぼ全員に 外国人と間違えられる という才能を持っています。よく間違えられる国々は、スペイン、ブラジル、アメリカ、アルゼンチン、ペルーです。こちらの国々の皆様、ご迷惑おかけして申し訳ありません。 ちなみに、よく言われる一言は 「日本語上手いね!」 です。 今日、このstorys.jpで発表させていただきます。
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私が何故STORYS.JPを作ったか。

私の 父 は、旅人でした。 旅人と言っても、単なる旅行好きという意味ではなく、普通の人は中々経験しないような未知の出来事に積極的に飛び込んでいくという意味で、本当の意味での旅人でした。 父親は、私が幼い頃から世界中で遭遇した様々なストーリーを話してくれました。 大学時代にアメリカ中部からフロリダまでヒッチハイクをした話、アラスカまで車で友達とドライブして、アラスカの鉄道で働いた話…。 何度も何度も
Lo Teddy
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MIT Sloan Sports Analytics Conference: Sports are serious

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友達がねずみ講に投資してしまった話

大学生の頃、私は「多文化ビジネスクラブ」というビジネス組織の執行部の一人でした。これは、学生に国内だけでなく国際的なスケールでビジネスを考える事を奨励する学校の組織でした。私たちのビジョンを養成していくため、様々なテーマを元にたくさんのゲストスピーカーを招き、イベントやワークショップなどのあらゆる催しを行っていました。採用の目的で学生たちと交流を計ろうと、多くの企業が私たちのクラブとパートナーとなり

書きかけのストーリー

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