原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑫ 10年目【本編最終話】

前話: 原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑪ MRSA腸炎

10年目

ここ数年間、初詣に行き祈祷して、御神籤を引くことにしています。今年(2015年)の御神籤は大吉。昨年も大吉だったので2年連続です。

まけに今年は《病気 重くない癒る》と書かれていました。とても幸先良いスタートです。

年までで入院回数25回。いくら慢性疾患で、手術後の不具合も起こり得るとはいえ、多過ぎです。今年は(なるべく)入院しないことが第一の目標です。

しかしながら2月頃から体調悪化がみられました。

外来時の血液検査で黄疸を示す数値がかなり高く、要経過観察となりました。眼・肌の黄色味やかゆみは出ていてもおかしくないぐらいの数値でしたが、この時点では余り自覚症状はありませんでした。

しばらくは様子見です。

しかしすぐに過去経験したことのある寒気が出てきて、38℃を越える発熱が続きました。胆管炎の兆候です。

次の外来受診までまだ日があったため、念のため時間外で受診。血液検査の結果ではやはり悪化しており、できれば入院加療を・・と言われました。

(なるべく)入院しないという目標がありますし、考えに考えた結果、できる限り短期でお願いします, ということで入院しました

この入院は確かに5日間程の短期で済んだものの、治療としては意味がなかったのか、2月下旬, 3月頭と立て続けに同じような症状で救急搬送されました。

この頃には、目に見えて黄色かったり、端からもだるそうな様子があったそうです。2月下旬時点で、頭がボーッとして一日中眠い・だるいという日もありました。この症状は血液検査で、高アンモニア血症(軽度の肝性脳症)と分かります。

治療には、抗生剤の点滴を中心に、アミノ酸を補給する栄養剤, 高アンモニア血症を防ぐ点滴・飲み薬を使いました。


3月頭のときはもう観念して、慌てて退院希望するようなことはせず、長くかかってもいいのできっちり治すことを優先しました。

3月下旬には黄疸の数値は高いものの、胆管炎や高アンモニア血症は治まり退院となりました。結局、2月3月は、半分以上を病院で過ごしたことになります


公的支援

これまでも、高額療養制度・身体障害者手帳の交付・自立支援医療(更生医療)と公的な支援を受けとても助かっています。

この他に受けられる支援としては、《障害年金》があります。私が対象となるのは障害基礎年金で、他に障害厚生年金もあり、支給要件や年金額が異なります。

初めて手続きしたのは2011年。胆管炎が頻発していた時期です。

手続きもそうですし、支給要件を満たしているか, その証明の書類申請など、色々と煩雑な面が多く、病院の医療ソーシャルワーカーさんにも尽力してもらいました。


障害年金には、身体障害者手帳とは別の等級があります。このときは2級と認定されました。

級は、原則的に毎年診断書の提出で更新されます。毎年、更新時期に診断書の提出をしていて、初年以降は障害の度合いが回復しているという判断で、3級と認定されています。

(2級までは年金支給あり, 3級はなしです)

2015年5月現在、診断書を提出し、今年の等級の連絡を待っている状態です。


そして今

3月下旬の退院後は静養しています。退院後、3回の外来受診があり、全体的に徐々に良くなっている傾向があり、ひとまずは安心です。

できる限りこのまま何ともなく、丸10年を迎えたいものです。

肝移植後、大きく体調を崩したのは3回。

・2011年 胆管炎頻発

・2014年 MRSA腸炎・肝性腹水

・2015年 逆行性胆管炎・高アンモニア血症


その都度、これはまずい, という状況に陥りながらも持ちこたえています。我ながらしぶといものだと思っています。

《慢性肝不全》という診断も付きましたが、便宜上のようなものなので、余り気にもしていません。入院も総計28回になりました。

これだけ厳しい状況を何度もくぐり抜け、苦しい思いをしながらですが、落ち着いているときは趣味に仕事に、それなりに充実した生活はできています。

2年前から再開した水草水槽は増え続け、7本。模型は木製模型を年に1つ, プラモデルもずっと続けています。


最近はよく、

あのときに健康診断受けていなかったら・・
肝移植していなかったら・・

とか考えたりもしますが、全部答えのないようなこと。どうなっていたかな, と想像するぐらいです。


肝移植も、私が手術した2005年頃とは状況が変わってきています。

原発性硬化性胆管炎(PSC)については、生体ドナーからの移植では再発の可能性が高いというデータも出てきています。肝臓を入れ替えただけで、その後いつまでも平穏無事とはいかないことは自身が体感しました。

再生医療の研究は進んでいると聞いています。これが実現できれば、また状況が大きく変わるのでしょう(iPS細胞の実用化はまだまだだそうです)

一番は、内科的治療, それも服薬で治療できるようになることなのですが、こちらはなかなかそうもいかないようです。


さて、自身の経験がどなたかの役に立つかもしれないと、書き始めたこの話もここで一区切りです。

書ききれなかった小エピソードを番外編として公開予定です。


年表

2001年:血液検査で肝機能の異常発覚

その①

2002年:肝生検で「原発性硬化性胆管炎」確定診断(入院#1)

その②

2004年:胆管狭窄が悪化し、ERCP実施 1回目失敗, 2回目中途半端ながら成功(入院#2)

その③

2005年:再度、胆管狭窄が悪化し、ERCP実施 2回処置するも2回とも失敗 肝移植準備へ, 11月肝移植(入院#3)

その④ その⑤ その⑥ その⑦ その⑧

2006年:腸の不調で静養治療(入院#4)

その⑧

2007年:肝生検(入院#5)

2009年:肝生検(入院#6)

2010年:肝生検(入院#7) 逆行性胆管炎で2回入院(入院#8, #9)

その⑨ その⑩

2011年:逆行性胆管炎で5回入院 5回目は処置なく、ダブルバルーンERCPにて胆管狭窄部分を拡張(入院#10~#14)

その⑩

2012年:腸の不調で静養治療(入院#15) 昨年のダブルバルーンERCPの経過観察とステント入れ替え(入院#16)

2013年:逆行性胆管炎(入院#17) 大腸ポリープ切除(入院#18) MRSA腸炎で3回入院(#19, #20, #21)

2014年:MRSA腸炎と肝性腹水(入院#22) 急性腸炎で静養治療(入院#23) MRSA腸炎2回(入院#24, #25)

その⑪

2015年:逆行性胆管炎や高アンモニア血症で3回入院(入院#26~#28) 11月22日で肝移植後10年

その⑫

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