「乾杯」は始まりの合図だ〜大森山王ビールが「乾杯」にこだわる理由〜
東京・大森にて2019年7月に生まれた、大森発のクラフトビール「大森山王ビール」、ビールリリース時からこだわってきた「乾杯」。今コロナウィルスの影響で乾杯の機会が少なくなっています。
だからこそ、今できる最高の乾杯を生み出したいと「大森山王ビール 誕生日乾杯ツアー」を5月1日から開始しました。なぜ「乾杯」なのか、そこに込めた思いを代表である町田がお伝えします。
「大森山王ビール 誕生日乾杯ツアー」とは?
大森発のビールブランド「大森山王ビール」の「NAOMI(ナオミ)」と「GEORGE(ジョージ)」の2本セットを抽選で10名さま、5月1日から1年間、無料で3,650名様にプレゼントするツアーです。
今回のコロナウィルスの影響は、リアルでのイベント企画・出店や店舗運営をする私たちにも大きな損害がありました。その中で、いつまで続くかわからない外出自粛要請。今は懸命に尽力してくださっている医療従事者やインフラを支える方たちのためにもできる限り外に出ないよう協力したいし、その姿勢を作ることがとても大事だと考えています。
今できることは「おうち」で過ごすこと 。そこで一つ注目したのが「誕生日 」です。誰しも平等に訪れる誕生日。家族や友人など大事な人と過ごす象徴であるこの時間をせめて今できる最高の形が作れないかと考えました。
またビールを届けると考えた場合、郵送の負荷を一時期に集中させてしまうことは、ただでさえ、業務過多な運送業者さまの負担になると考え、1年間かけて分散することができるのではないかとこのようにしました。
おうち時間を作って【できるだけステイホームすること 】が最前線で戦う人たちへの我々ができるエール(ビールだけに)である。その流れで、誕生日に「大森山王ビール」を届けることで、最高の乾杯を生み出せないかと考え、企画するに至りました。
人の名前をつけた「NAOMI」と「GEORGE」が親しい人との乾杯ができない、皆さんの代わりに日本全国乾杯しに行く、日本全国乾杯ツアーです。
「乾杯」にかける思い
私たちが企画販売しているビール 「NAOMI」と「GEORGE」は、東京・大森発のクラフトビールで、人の名前がついた世にも珍しいビールです。まちの主役は人である、そして人の交流こそが歴史であり文化だと考え、100年前に文豪・谷崎潤一郎が「痴人の愛」で描いたハイカラだった大森の町の象徴としてこの名前をつけました。
始まりの一つの失敗
実は、一度失敗をしています。
それは酒販卸売免許を取得した、2018年5月に一度大森山王ビールをリリースした時のことです。仲間がクラフトビールを作ると言うことで、最初は身内には評判が良かったものの、大森のまちにはなかなか広がっていきませんでした。「どこが大森のビールなの?」と言った声も聞きました。それに伴い、少しずつ、その一度作ったビールを積極的に展開していくことが出来なくなっていました。
東京では、なかなか地の生産物をそもそも作っていないのでビールの原材料に入れたり出来ません。だからこそ何が大森なのか?なぜ大森なのか?そこから、改めて時間をかけて大森やビールのことを調べてみようと動きだしました。
僕が魅了された一つの言葉
色々な人に出会い、話を聞いていく中で出会った言葉「大森は色気と田舎くささの町」。僕はこの言葉に強く惹かれ、大森の歴史、成り立ちに興味をもち調べていきました。
古くは「大森貝塚」があります。モース博士が発見した大森貝塚、それにちなんで、大森は考古学発祥の地と呼ばれています。ただそれは地元の小学生でもわかること、もっともっと掘っていきたいと思った時に、なぜ「色気と田舎くささ」なんだろうということがヒントになりました。
そうして調べていくと、大きなターニングポイントが大森駅の開通でした。時は1876年、明治9年のことです。そもそも鉄道が新橋〜横浜感で開通したのが、明治5年、それから4年後に大森駅は出来ていたのです。当時、渋谷や新宿(明治18年)、近隣だと蒲田(明治38年)や大井町駅(大正3年)もない頃です。そしてその1年後に、モース博士は「大森貝塚」を発見しています。
そこからの歴史は下記にまとめてあります。大森というともう1つ有名なのが「馬込文士村」。有名なところですと、「赤毛のアン」の村岡花子さん、ノーベル文学賞を受賞した川端康成さん、ミステリーで有名な山本周五郎さん、他、尾崎士郎、宇野千代、萩原朔太郎、室生犀星、北原白秋・・・、そして三島由紀夫さんまで、錚々たる文豪が並びます。
そんな当時の華やかなハイカラで色っぽいけど懐かしい、その中心には人がいた。そこには、いろんな属性の人たちが世を問わず、お酒を飲みながら談笑(時には喧嘩も・・)あったはず、そんな光景を再起させることができないかと、その当時の大森が描かれていた「痴人の愛」から「NAOMI」「GEORGE」にたどり着きました。
人が中心ということは、それだけ多くの乾杯があっただろうということですね。
→大森の歴史と成り立ち「色気と田舎くささの町 大森」(外部リンク)
そしてもう一つ、僕が魅了された言葉
同時に、ビールの歴史も色々と調べました。ビールが主に日本人に受け入れられるようになったのは、明治維新後です。すなわちまだ日本では150年くらいの歴史のものです。最初に口にした人たちは、当時外国に留学をしに行った若き人たちです。その中で、私が惹かれたのが、福沢諭吉の一文です。
福沢諭吉は遣米使節の一員として渡航したアメリカでビールと出会い、アメリカやその後の欧州への渡航で見聞きしたことをまとめた『西洋衣食住』で、ビールのことを次のように紹介しています。
「ビィール」と云ふ酒あり。是は麦酒にて、其味至て苦けれど、胸膈を開く為に妙なり。亦人々の性分に由り、其苦き味を賞翫(しょうがん)して飲む人も多し。(「西洋衣食住」/『福澤諭吉全集』所収)
当時、士農工商が撤廃されたとは言え、どこかであった色々な「差」。だけどビール、そして「乾杯」がある場ではその「差」が無くなることを感じたんだと想像します。そこから我々が作るビールは、そんな「乾杯=人間関係をたくさん生み出すことで、胸を開き、境界線を少しでも減らす」ことが、とても大事だと考えています。
ちなみに、福沢諭吉は「社会」を「人間交際」と訳そうとしたと言われています。それだけ個と個の関係が大事であるということを言いたかったのでは無いかと感じます。
そんな、2つの軸から調べたことが、「乾杯」を通じて、つながったのでした。そして、それは当時、「わからない」人同士の乾杯だったと考えていて、知らない世界のことを知り、世界が広がるためのスタートが乾杯だったのかもしれません。そんな思いに共感したからこそ、ビールを売るだけではなく、ビールと様々な文化に触れる機会を作りたいと改めて思うようになりました。
だからこそ、我々は「乾杯」の意味を考え、そんな「乾杯」の場をリアル・インターネット問わず作っていく。それが全ての思いです。
現在の乾杯からクラウドファンディング立ち上げまで
乾杯というと、「杯を乾かす」と書きます。ビールは日本に入ってきた当初は、大事な一杯として重宝されていました。戦後、経済的に豊かになり、ビールが当たり前になっていくと、それと同様、「乾杯」も当たり前なものになっていきました。
そんな当たり前が、このコロナウィルスの影響でできる機会が少なくなりました。大事な人との当たり前な乾杯ができない、だからこそ、改めて今「乾杯」を考え直す時期なのかもしれません。
そんな思いを胸に、今回、「大森山王ビール 誕生日乾杯ツアー」を企画しました。そして、その企画自体のクラウドファンディングを始めました。仕組みはこのような形になっています。私たちが無料でビールを届けるプロジェクトの仲間になって欲しいとお願いさせていただきました。
あえて、友人や知人へのプレゼントではない企画にしたのには理由があります。もちろん、近くの友人や大事な人に届けることは何よりも大切です。でも僕は今こそ、近くの人の先にある見えない人、そんな人への思いを馳せることができないかと考えました。もし友人に届けるなら「友達キャンペーン」でよかったのです。そうではなくて、自分が何かを思い行動することがその人の先に届くという体験を作りたいと、このプロジェクトにしました。
先にも話したように、私たちのビール会社は、相次ぐイベント中止や営業自粛の影響で、4月は予定していた売上の20%くらいでした。それだけのビール在庫を都内に抱えているということになります。手っ取り早く、在庫を減らすには、「助けてください」という手もありました。
だけど、「助けて」は提供する価値ではない。そうではなくて、今できる最高の乾杯を作れないかとこの企画をしました。おかげさまで今日時点で、目標値の80%を超える支援をいただきました。それは先の人たちへの思いだと感じ、大変嬉しく感じました。
実際に届いた方からいただいた声
実際にはこんな形でビールをお届けしております。毎日毎日、日本全国色々な地域へ大森山王ビール「NAOMI」と「GEORGE」をお届けできることを嬉しく思っています。
届いた方からはこんなご意見をいただきました。
- 非常事態宣言のもと、何もできない一日に、NAOMI&GEORGEが最高の彩りになりました!
- おうちで焼肉を食べながらNAOMIとGEORGEをいただきました!外で焼肉食べれない中だったので久しぶりに気が晴れるような1日でした。
- 子どもたち、両親、姉と、ささやかですがお誕生日会をしてもらいました。大人はジョージで乾杯!ナオミは自分の時間に楽しみます。
- なかなか外に出れない中、おうちでビールと共に過ごすきっかけを与えてくれる企画で楽しませていただきました。
- 届いた箱に手書きのメッセージに感動!だれかが自分の誕生日をお祝いしてくれるって、嬉しいもんだなとホッコリしました。
- 参加する人が自分ごとになれて心に響く内容だったと思います。
まだまだ他にもほっこりするようなエピソードをいただき、この企画をやってよかったなと感じました。
■今後に関して
色々と事態が落ち着いたとしても、きっとコロナとの決別ではなく、共存していくことになると思います。それまでいろんなことがあったとしても、杯を交わした瞬間、また1から共に歩み出そうという合図である「乾杯」だからこそできることがあると信じでいます。改めて、今できる「乾杯」が重要だという気持ちは変わりませんし、そんな「乾杯」の機会を作っていきたい。そして、その一役を担えたら何より嬉しいと感じています。
そして、おそらく全国各地のビールに携わる方達がそれぞれ色々な思いで、ビールを届けようと尽力されています。そんな裏にある思い・ストーリーをつまみに、過去・未来、そして「今」に乾杯してくれたら何よりです。
過去に乾杯!
未来に乾杯!
そして、今に乾杯!
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ