普通の主婦の普通じゃなかった半生 10 (実話自伝)登校拒否〜身障者〜鬱病からダイバーへ

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著者: 井筒 厚子

9からの続き。



写真 手術入院を受ける少し前の私。


写真 まだ友達だった頃の夫。





すべてに漂っていた20代、2回目の車いす生活、手術と入院。




漂う。


羅針盤が狂った船のように。


それが私の22歳からの毎日だったように思います。

何となく付き合ったサークルの先輩とは当然のように何となく別れました。

心の傷もありませんでした。

お互いにだと思います。

ふらふらと生きていました。

決してそれが良いことだとは思っていなかったけれど。

東京で割の良い仕事があると聞けば東京に行き、イラストを描いたりしてました。

東京の仕事で知り合った男性と付き合ってみたり、嫌になって岐阜に戻ったり、

今になって思うと、とんでもなく適当に生きていました。

だけど、20代中盤になった頃には、シェアハウスに集っていた仲間たちもそれぞれ就職したり、結婚したりして、自分の道を見つけ始めバラバラになっていきました。

それでも、私は相変わらず適当でお金に困るとクラブのホステスのバイトをしたりして小さなアパートで暮らしていました。

新しい恋愛も何度かしました。

だけど、どの恋も今となっては幻のような。

何年か続いた恋もあったのだけれど、その場限りの恋だったように思います。

その当時は真剣に好きだったはずなのに、どの恋も今は心に残っていません。


真面目に生きていなかった私への警告なのかな?

20代後半、私はまた歩けなくなりました。




足の手術と入院生活。




私はまた車いす生活に逆戻りしました。

けど、10代の頃、私の主治医だったお医者さんが言った通りになっていました。

医学の進歩。

10代の頃には考えられなかった内視鏡手術、膝のまわりの三カ所を少し切るだけで、私の生まれつきの障害の半分は治せるようになっていたのです。

骨の先天的異常は治せないけれど、外れやすい膝のお皿を外れにくくするために靱帯を切って縮める手術法があると。

完全では無いけれど、これで今までのように無理さえしなければ日常生活はできるでしょう。

そうお医者さんに言われました。

私はその手術を受けることにしました。


入院生活は手術とリハビリも入れて2ヶ月ほどでした。

でも、そこで私は精神的にずいぶん大人になれたと思います。

私がいた大学病院の整形外科は4人部屋でした。

また車いすになって正直私は、入院した頃、なんで私ばかりこんな思いをしなきゃいけないんだろう。

そう思っていました。

でも、その4人部屋の他の3人の人たちは私よりずっとずっと重い障害を持った人たちでした。

2人はまだ15歳、1人は股関節の骨がスカスカになる病気で、どう治療していたのかはわからないけど、身体を起こすこともできない状態。

寝たままの姿勢でずっといなくてはいけません。

食事も寝たまま。

寝たままの姿勢で食事をとることはすごく大変で、そして一日中天井しか見れない毎日。

トイレも寝たままです。

思春期の女の子にそれがどれだけ辛いことかと思いました。

もう1人の女の子は小さい頃階段から落ちて脊椎を強打し、足だけが成長しない病気。

画家のロートレックと同じ病気でした。

痛くもなんともない足の両骨を切断して、そこに器具を入れ、毎日1mmづつトータルで10cm伸ばしていく治療。

若い時は骨の再生能力が高いので若いうちにしておかなければいけない治療だそうでした。

骨を伸ばす器具を1mm動かすごとに悲鳴が聞こえます。

くっついてきた骨を無理に伸ばすのです。

どれだけ痛いか。。。

2人とも悪い股関節や足を除けば元気な少女です。

動けない毎日がどんなに苦痛か。。。

他の病室にもそんな子たちがいっぱい居ました。

16歳の髪の長い綺麗な女の子は片足を膝の上から切断しました。

それでも、彼女たちは私よりずっと強くて。

笑うんです。

自分の身におきた不運よりも未来に向けて一生懸命に笑っていたんです。


私は自分が恥ずかしくなりました。

私が一番軽い病気。

歩けないくらいがどうだっていうんだ?車いすが辛いって?

車いすにさえ乗れない子も居るのに。

私は彼女たちと仲良くなるごとに、自分の弱さが嫌になっていきました。

強くなって、この子たちを励まさなきゃいけない。

そう思いました。



それが自堕落に暮らしていた自分に甘かった私が立ち直れたすべてのきっかけでした。

彼女たちが私を導いてくれたのです。


そして、私をちょこちょこ見舞い勇気づけてくれたのが夫でした。

その頃はまだ、ただの友達だったんだけど。




11に続く。














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