『河 岸(カシ)』父親と暮らした記憶がない、半身の私が、人生の旅に出たストーリー

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 兄が、後妻に連絡を取った事は驚いたが、この行為のおかげで、死の状況が判明したのも事実だった。

 他に、何か聞きたい事でもあるのか?

 なぜ、後妻に会うのか?

疑問でならなかった。

本心は、会ってほしくなかった。


 親父は、私達家族とお父さんの奥さんとの接点をもたないように、頑なに、最期まで押し通した生き方だったような気がしてならなかった。


だから、

家も知らない。

連絡先も知らない。

おじい様の葬式も、お祖母ちゃんの葬式も呼ばれなかったような気がする。

ましてや、自分の病気や葬式さえも・・・。


 それは、奥さんただ一人を守り通したのか、私達家族の事も少しは考えての事なのかは、わからないが・・・。

 私の頭の中に奥さんのイメージはある。

あの偏屈なところがある。父と添い遂げた女性である。大した女性である事は間違えないと思う。

 会う事によって、その姿、身なり、仕草、声で、およその人格を見たくなかった。

イメージだけで十分だった。

 もっとも、最近、歳を重ねたせいか、兄は、お父さんの風貌が、そっくりになってきた。

兄が、高校生の時の三者懇談では、先生が『すぐわかりましたよ』と笑われたぐらい、母親似だったはずなのに・・・。

 子供の居ない後妻にとって、自分の夫に似た子供を見たらなんて思うかも心配だった。

「何しに会うの?」

と皮肉まじりに弱弱しい声で、兄に問い話すと

「どういう状態で亡くなったかとか、きちんと会って話したい」

と私を宥めるように静かに答えた。

 私も姉も、感情を話す事なく、それ以上、止める事もしなかった。

遺産っていっても、どのくらいあるのだろうねー」

と三人とも、上の空で話し出した。

「入院生活も長かったみたいだし、そんなにあるわけないわなぁー」

と兄も答えた。

「家の名義は、奥さんかも知れないしねぇー」


 私達の売った前の実家は、

「お父さんに、もしもの事があった時、知らない女の人が現れて、家を持っていかれたら私達をどうするの?」と私がお父さんに言った。

「そんな事は、絶対ない!」と否定したが

「絶対ない!って保障がないじゃない。出来れば、お母さんに名義を変えてよー」

とお父さんにをかけた。

数年後、名義をお母さんに変えてくれた。

勿論、母や姉や兄は、この経緯を知らない。

 同等に、自分の家も、奥さん名義に変えている可能性だって十分ある。


「車だって外車だったとはいえ、しばらく乗っていたし、二束三文だろう」

と兄は言う。

おばあちゃんが言っていた、会社の前の土地も後ろの土地も父の所有だとしたら・・・

私は唐突に、

「ねぇ、もしも一億なんてあったら、相続税が掛かってこないかなぁー」

「そんなにあるわけないだろう!」

〝アホか〟と言わんばかりに、兄も姉も顔を歪めた。

「だから、もしもだって・・・

もしも、あったら、相続税ってどれくらい払うのか?弁護士に聞けないの?」

「そんなもん、相続税が掛かってくるぐらい貰えるのであれば、そこから払えばいいし、そんな事、インターネットか、何かで調べれば済むことだろうー」

と完全に馬鹿にして鼻で笑われた。

「一応、最悪の事態も考えておいた方が良いと思って・・・」

との話しも却下された感じだった。

 兄が、後妻に会う待ち合わせ時間が迫ってきたので店を出る事にした。

後妻に会った後、兄の知り合いの弁護士に会い、遺留分の請求の流れを相談してみるつもりらしい。

 駅まで車で送る道中

「手土産ぐらい持って行ってよ」

とクドク頼んだ。姉も同調した。

 仏壇なんて無いだろうけど、私と姉のプライドだった。礼儀知らずだと思われたくないと・・・。

「家に行くの?」

行くわけないだろう! ホテルで会うんだ!」

と兄の言い放った言葉に安堵した。



 夜、兄を駅まで迎えに行った。疲れた様子であった。

手には見慣れないキャリーバッグを持っていた。

「そんなの持って行った?」

「形見だって・・・」

「親父の服が入ってる。鞄は、いつも旅行に行く時に、使っていた物らしい」

兄は苦笑いで答えた。

「いらねぇー(笑)」

「俺も、ロレックスとかなら使うかも・・・(苦笑)」

親父は、身なりはきちんとして、安物を持っている感じもなかったけど、ブランド物を持つような人ではなかった。

「それに、服サイズMだし」

「M? Lじゃあないの?」

「多分、病気で痩せたんじゃないか?」

「・・・・」

「俺、これ、中国まで持って行くんか?」

「そりゃ、あんた持ってきなよー」

「後妻も、要らないのなら持って帰るって言ってくれたけど、要らんなんて言えんだろうー」

会った時の話しをかき消すように、なんとなく笑いこんだ。

しばしの沈黙の後、私は運転をしながら

「とりあえず、話した内容は、墓まで持って行ってよ」

と前を見ながらポツリと言った。

「わかった。でも、真理が聞きたいのであれば、いつでも全部教えるよ」

「真理は、あった事について納得いかないと思うが、俺は男として、親父の生い立ちを聞いておきたかったし、今度、親父に会う時があったら聞こうと思っていた」

 兄の『男として・・・』という言葉に、長男らしさを否定出来なかった。どんな話しをしたのかは聞く事がなないかも知れないが、自分ではなく、会ってくれた事に安心感が芽生え、会ってくれてよかったと心が緩んだ。


 夜、兄弟3人で、食事をする事にした。 

お母さんには、適当に誤魔化して、コソコソと出かけた。

マンション近くの、小洒落た洋風居酒屋に行く事にした。そういえば、お母さんが2回目の入院中に、今後どうしたら良いのか、兄弟3人と兄貴のお嫁さんを交えて話し合った居酒屋である。

 それぞれ頼んだ、アルコールを口にしながら

 まずは兄が、弁護士に相談した、今後の流れについて話し出した。


 ・財産目録を見せてもらう。(土地・家屋・預金・借金などの債務も含む)

 ・目録に対して意義があるか?無いか?

 ・意義がある場合は、探偵や弁護士を雇って調査を依頼する。

 ・相方と協議する


との流れらしい。

 とりあえず相談してみただけで、協議する気はサラサラなかった。

親父の事だから、身辺整理をして死んでいる期待は多分にあったが、親父の資産を、後妻にすべて名義変更している可能性だって無くはない。

兄が

「後妻は、給料明細すら見た事がないらしい」

と言ったすぐ後に

「お母さんも、見た事がないって言っていた」

と姉が言った。

 なんとなく、守銭奴的なところもあった親父だったので、わかる気がしたが、姉とお母さんとの間で、そんな会話をした事がある方に、何気なく関心を持った。

「お父さんが死んで泣いた?」

と私が訊ねた。

「少し泣いた」と姉が答えた。

兄は

「今日、初めて泣いた」

 後妻と会って、話しの中で感極まったのかと想像した。自分は答えるつもりはなかったが、

「そういう真理は?」と聞かれ

「泣いたよ」

と目も合わさずサラリと答えた。

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