うつ・不眠症・ひきこもりだった主婦が3日間で715キロを下る、カナダの世界規模のカヌーレースで世界3位になった話

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漕ぐリズムも合いの手もノリノリだった。


一度ノリだすと、疲れも痛みも感じない。いつまでも漕げそうな気さえしてくる。

幻覚も絶好調。

動物がたくさん見える。その一部は、くるくる回りだしていた。

他にも、ワンダーランドっぽい大きなものや、猫バスなども見えた。

ひらがなや、カタカナまで見えてくる。

気持ちよくて、楽しくてしょうがない。





<混乱期>


次の停泊所である「カークマンクリーク」に着く少し前に、目標について話が出た。

当初、私たちは55時間でゴールすることを目標としていたのだが、

今のペースでは難しいということだった。


その話は、既に出ていたらしい。

話の端っこしか聞いていなかった私は、その認識が薄かった。


もしそうであっても、

「55時間を目指してみんなでベストを尽くせばいいのではないか」

と気楽に考えていた。


目標については、そこまで重視していなかったのだ。

話し合う中で、下方修正しようという案が出た。

目標を下げようということである。


それについて、トマスキーさんが抗議した。


「55時間が難しいなら、すぐに下方修正するのは、違うんじゃないか」


それについては、すぐに解決案を出すことができなかった。

このとき思ったのは、全体の目標設定について、話し合いが足りなかったこと。

目標設定についての話し合いの優先順位が低かったこと。


トマスキーさんが、日本の練習のときから、

目標設定について話し合おうと何度も言っていたのは知っていた。

なのに、スカイプでも、17日の全体練習のときにも、目標についての話し合いはしなかった。

そのことに気付いていたのに、どうしてもっとフォローできなかったんだろう。

自分を責めたが、もう遅かった。


目標についての認識は、人それぞれだ。

だとしたら、相手の価値観を知り、それに合わせることも大切だ。

そこで、全員で調和を取っていけばよかった。


また、リーダーのみなちゃんに全てを押し付けず、

目標設定についてリーダーがいてもよかったのではないかと思った。


とりあえず、カークマンクリーク到着後に再度、目標設定について話し合うことになった。


カークマンクリーク到着前に、若干揺れがある箇所があり、少しだが船酔いしてしまった。

足元がフラフラする。

私よりもさらに酔ってフラついているみなちゃんと手をつないで歩き、食事とトイレを取った。


カークマンクリークでは、最低3時間の滞在が義務付けられている。


ここまでくると、さすがに他のボートの選手たちも疲労困憊だ。

食事に並んでいる途中に、外国人選手たちと互いに励ましあった。

あいているトイレを探してさまよっていたら、外国人選手が親切に声をかけてくれた。


余裕がないときこそ、励ましあい、助け合う。

大切なことを教えてもらった。


みんなで食事を取りながら、目標について再度話し合った。

今のままのペースだと、55時間は無理。

全力で漕げば、達成できるが、あと10時間以上ある中でそれは無理。


「そうは言っても、ミラクルが起きるかも♪」

と言っていた一部のメンバー(私もそう)にとって、

はっきり現実を言ってくれることは、逆に有難かった。


うまくまとまらない中で、KENさんが言った。

「このチームを成功させてあげたい。条件は3つ。

一つ目は、完漕すること。2つ目は、昨年チームのタイムを上回ること。3つ目は、人を責めないこと」

この条件が一つでも欠けたら、成功ではないということだった。

異論はなかった。


聞きながら、涙が出てきた。

それは悔し涙ではなく、うれし涙だった。


思えば最初のミーティングのときは、私たちはチームではなく個人だった気がする。

結束力も、そんなになかった気がする。

でも、練習を重ねて、こうやって実際レースに出て、

個人個人がチームになっている。ひとつになっている。

そのことが嬉しくて嬉しくて、泣けてきてしょうがなかった。


今までのペースで行けば、58時間台。

ちょっと早いペースなら、57時間台。

55時間を目標にしてきた私たちは、57時間台を目指すことにした。




<ありがとう>


ここでもう一つ、ポジション変更の話が出た。

一番前で漕いでるジョナサンが、心拍数が上がり、

脱水症状気味で、体がきついとのことだった。


一番前は、何もないところを漕ぐので、一番負荷がかかる。

後ろのメンバーは、前の人の推進力がある上で漕ぐので、いくらか負荷が軽くなるのだ。


確かに、見るからに辛そうである。彼を正面から見るのは久しぶりだった。

今まで後ろから、背中しか見ていなかった。

その背中で、みんなを引っ張ってくれていた。


私は、比較的元気だったので、代わってあげたかった。

でも、私に彼の代わりが務まるのか?

一番前で、みんなをリードできるのか?


自信がなく、躊躇していると、はるかちゃんが口を開いた。

「あきこちゃんと代わったらいいと思う。あきこちゃん元気だし、漕ぎも力強いし」と。

というわけで、ポジション交代することになった。

不安だけど、ワクワクした。


ずっとみんなを引っ張ってくれて、

彼にしか出来ない仮説検証をしてくれて、

戦略を立ててくれて、

練習の提案をしてくれて、

リーダーシップを取ってくれて、

みんなに愛を与えてくれて、

優しくしてくれて、

至れり尽くせりお世話してくれて、

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