うつ・不眠症・ひきこもりだった主婦が3日間で715キロを下る、カナダの世界規模のカヌーレースで世界3位になった話
レースが終わってからも、色んな食べ物ををメンバーの口の中に押し込んだ。
やっとラバージ湖を抜け、川の流れのあるところに出る。
一安心だ。
ここで私は、用を足す姿を写真や動画に撮ってきてほしいという、友人の言葉を思い出した。
後ろで漕いでいるトマスキーさんにお願いして、取ってもらった。
横向きに座り、出す前に、
「いくよーーーーーー!!!!」と、
カナダの大自然に向かって、大声で叫んだ。
予想外にたくさん出るので、
「まだまだ出るよーーーーーー!!」と再度叫んだ。
みんな笑って温かく受け入れてくれていた。
それはもう、めちゃくちゃ気持ちいい瞬間だった。
みなちゃんが、「可愛いー!」と言ってくれた。
ここでは、地位も肩書きも関係ない。
過去も未来も関係ない。
私は普段、外に出るときは大抵化粧をし、可愛く見せるためにヒラヒラしたワンピースを着ている。
ここには、メイク道具はないし、ワンピースもない。
自分を飾るものは何もない。
あるのは、今、この瞬間の、あるがままの、そのままの飾らない一人の人間。
髪はボサボサ、肌は乾燥でカピカピ。ノーメイク。格好はレース仕様。
なのに、可愛いと言ってくれる人がいる。
開放した自分を、みんなが、自然が受け入れてくれる。
「自然体で、ありのままでいていいんだ」
人間もまた、自然の一部。
生かされているのだということを実感する。
<前兆 ~嫌われる勇気~>
和やかなムードで進んでいったが、異変が訪れた。
みんな、肩、腕に負担がかかってきている。
原因は明確。慣れない高速漕ぎでずっと進んでいったからだった。
加えて、初めてのボートに初めての場所。
一筋縄ではいかない。だから面白いのかもしれないけれど。
バンテリンを塗ったり、ムサシ(筋肉の負担を軽くするアミノ酸)を飲んだり、
ストレッチをしたり、休憩を取って回復を試みるが、
やむを得ずちゃぷちゃぷ漕ぎになってしまうメンバーも出てきた。
あれだけフォーム改善に集中していた私たちだったが、苦戦を強いられることになった。
私ももちろん、例外ではない。
「あーもう無理ー」と思うことが多かった。
つい、負担が少ないちゃぷちゃぷ漕ぎに逃げたくなる。
だがそのたびに、御嶽でトレーニングをしてくれた、だいごさんの顔が浮かんだ。
「あきこちゃん、まだまだ、いけまっせーー!」
だいごさんの声が聞こえる。
身体能力が低く、飲み込みも悪く、
同じことを3回教えてもらってやっと少しできるようになるような私に、
だいごさんは何度も何度も、根気強く指導してくれた。
私たちは、御嶽漕ぎしか習ってない。
御嶽漕ぎしか知らないのだ。
何より、御嶽漕ぎが好きだった。
高速漕ぎだって、基本は同じだ。
「肘はまっすぐ!」「足を使って!」
「水の中は力入れて!」「上はリラックス!」
御嶽での練習風景が思い浮かんだ。
そんなことを思い、痛みをこらえつつこぎ続けたら、急に体が軽くなった。
痛みも苦痛も感じない。
なんだか気持ちよくなって、楽しくなってきた。
これが俗に言う、ランナーズハイなのか?
既にスタートから12時間以上が経過している。
私たちは、深夜のユーコンに挑戦しようとしていた。
ここからは、疲労と眠気と幻覚との戦いになるのだろう。
異様な雰囲気だった。
この時期は、ユーコン準州は白夜だ。
すなわち、日が沈まない。
だが、深夜の数時間は若干暗くなる。
あたりは暗く、とにかく寒い。
恐らく5度くらいだったのではないかと思うが、体感温度は0度くらい。
みんな、気力を振り絞って漕ぎ続けた。
掛け声にも工夫が見られた。
「よよいのよい!(うい!)よよいのよい!(うい!)」
「へんなおじさん♪(あ、そーれ)へんなおじさん♪
へんなおじさん♪(だから)へんなおじさん♪」
極限状態に浮かんでくる「へんなおじさんコール」に、志村けんの偉大さを感じる。
この頃から終わりまで、ずっと幻覚が見えていた。
岩、森などが人の顔、動物などに見える。
最初は怖かったが、
「自然が見守ってくれている」
「自然と一体化している」と感じた。
休憩や仮眠を交代で取ってはいたものの、みんなしんどかったと思う。
夜明け付近、後ろ二人が20分の仮眠を取っている際、自分以外のメンバーがみんな、
ウトウトしているように見受けられた。
漕ぎ方にも力がない。
気付けば、掛け声は自分ひとりしかいなかった。
やばいと思った。自分ひとりで漕いでもどうにもならない。
勇気を出して大きな声で言った。
「眠い方、眠眠打破あるんで言ってくださいね!!眠眠打破飲む方いますか!?」
返答がない。
「はい、要らないのね!」
自分にしては驚くくらいきつい口調だった。
嫌われないように、いつも人当たりを良くしていた自分だったが、少し殻を破った気がした。
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