うつ・不眠症・ひきこもりだった主婦が3日間で715キロを下る、カナダの世界規模のカヌーレースで世界3位になった話

5 / 9 ページ

レースが終わってからも、色んな食べ物ををメンバーの口の中に押し込んだ。


やっとラバージ湖を抜け、川の流れのあるところに出る。

一安心だ。


ここで私は、用を足す姿を写真や動画に撮ってきてほしいという、友人の言葉を思い出した。

後ろで漕いでいるトマスキーさんにお願いして、取ってもらった。


横向きに座り、出す前に、

「いくよーーーーーー!!!!」と、

カナダの大自然に向かって、大声で叫んだ。


予想外にたくさん出るので、

「まだまだ出るよーーーーーー!!」と再度叫んだ。


みんな笑って温かく受け入れてくれていた。

それはもう、めちゃくちゃ気持ちいい瞬間だった。

みなちゃんが、「可愛いー!」と言ってくれた。





ここでは、地位も肩書きも関係ない。

過去も未来も関係ない。


私は普段、外に出るときは大抵化粧をし、可愛く見せるためにヒラヒラしたワンピースを着ている。

ここには、メイク道具はないし、ワンピースもない。

自分を飾るものは何もない。

あるのは、今、この瞬間の、あるがままの、そのままの飾らない一人の人間。

髪はボサボサ、肌は乾燥でカピカピ。ノーメイク。格好はレース仕様。


なのに、可愛いと言ってくれる人がいる。

開放した自分を、みんなが、自然が受け入れてくれる。


「自然体で、ありのままでいていいんだ」


人間もまた、自然の一部。

生かされているのだということを実感する。


<前兆 ~嫌われる勇気~>


和やかなムードで進んでいったが、異変が訪れた。

みんな、肩、腕に負担がかかってきている。


原因は明確。慣れない高速漕ぎでずっと進んでいったからだった。

加えて、初めてのボートに初めての場所。

一筋縄ではいかない。だから面白いのかもしれないけれど。


バンテリンを塗ったり、ムサシ(筋肉の負担を軽くするアミノ酸)を飲んだり、

ストレッチをしたり、休憩を取って回復を試みるが、

やむを得ずちゃぷちゃぷ漕ぎになってしまうメンバーも出てきた。

あれだけフォーム改善に集中していた私たちだったが、苦戦を強いられることになった。


私ももちろん、例外ではない。

「あーもう無理ー」と思うことが多かった。

つい、負担が少ないちゃぷちゃぷ漕ぎに逃げたくなる。


だがそのたびに、御嶽でトレーニングをしてくれた、だいごさんの顔が浮かんだ。


「あきこちゃん、まだまだ、いけまっせーー!」


だいごさんの声が聞こえる。

身体能力が低く、飲み込みも悪く、

同じことを3回教えてもらってやっと少しできるようになるような私に、

だいごさんは何度も何度も、根気強く指導してくれた。


私たちは、御嶽漕ぎしか習ってない。

御嶽漕ぎしか知らないのだ。

何より、御嶽漕ぎが好きだった。


高速漕ぎだって、基本は同じだ。

「肘はまっすぐ!」「足を使って!」

「水の中は力入れて!」「上はリラックス!」

御嶽での練習風景が思い浮かんだ。


そんなことを思い、痛みをこらえつつこぎ続けたら、急に体が軽くなった。

痛みも苦痛も感じない。

なんだか気持ちよくなって、楽しくなってきた。

これが俗に言う、ランナーズハイなのか?


既にスタートから12時間以上が経過している。

私たちは、深夜のユーコンに挑戦しようとしていた。

ここからは、疲労と眠気と幻覚との戦いになるのだろう。


異様な雰囲気だった。

この時期は、ユーコン準州は白夜だ。

すなわち、日が沈まない。

だが、深夜の数時間は若干暗くなる。


あたりは暗く、とにかく寒い。

恐らく5度くらいだったのではないかと思うが、体感温度は0度くらい。

みんな、気力を振り絞って漕ぎ続けた。


掛け声にも工夫が見られた。

「よよいのよい!(うい!)よよいのよい!(うい!)」

「へんなおじさん♪(あ、そーれ)へんなおじさん♪

 へんなおじさん♪(だから)へんなおじさん♪」

極限状態に浮かんでくる「へんなおじさんコール」に、志村けんの偉大さを感じる。


この頃から終わりまで、ずっと幻覚が見えていた。

岩、森などが人の顔、動物などに見える。

最初は怖かったが、

「自然が見守ってくれている」

「自然と一体化している」と感じた。


休憩や仮眠を交代で取ってはいたものの、みんなしんどかったと思う。

夜明け付近、後ろ二人が20分の仮眠を取っている際、自分以外のメンバーがみんな、

ウトウトしているように見受けられた。

漕ぎ方にも力がない。

気付けば、掛け声は自分ひとりしかいなかった。


やばいと思った。自分ひとりで漕いでもどうにもならない。

勇気を出して大きな声で言った。


「眠い方、眠眠打破あるんで言ってくださいね!!眠眠打破飲む方いますか!?」


返答がない。

「はい、要らないのね!」

自分にしては驚くくらいきつい口調だった。

嫌われないように、いつも人当たりを良くしていた自分だったが、少し殻を破った気がした。

著者の川和田 あき子さんに人生相談を申込む

著者の川和田 あき子さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。