お寺で育った幼少期、異国での日々、3.11での被災、ライターで食いつないだ東京でのじり貧生活...こわがりだった私の半生の中で、唯一ゆずれなかったもの

4 / 6 ページ

次話: 永い準備期間を経て、とある孤高の作家と出会い、本当に好きなものが仕事となった話

ほぼ眠れないまま朝が来た。



次の朝。ニーナに言われた。

ニーナ。

「きのうの夜眠れなかったんじゃない?」


私。

「どうしてそれがわかるの?」


ニーナ。

「だって私も頭の中がぐるぐるして、ぜんぜん眠れなかったから!」



その晩から朝にかけて、

脳みそがパカッと割れたかのように

インスピレーションがおりてきた。

もう自分をごまかせなくなっていた。


私は最初に書いた作品を笑われて以来、

絶望し、自分には何もないと

封印してしまった“書く”ということを、

もう一度やってみることにした。


書く、表現する、ということは私にとって、

生きている目的の一つだったのかもしれない。

あまりにも存在理由に近い衝動だったので

否定されたら生きている意味がない。

それぐらいの気持ちだった。



表現したいものがあるのならなんでも自由に表現するべし!

ロンドンという町は表現することを

全力で応援してくれている、そんな町だった。



私はロンドンに住みながら

だんだん「書く」ということを意識していった。



「外国には自動販売機なんてねーよ」

あの日から10年が経っていた。





10年ぶりに書くトウモロコシの話。

最初にインスピレーションをもらったあの話。

ずっと封印していたため、

電車の中でみたあのイメージ、あのインスピレーションが、

自分の中にまだ残っているのか、心配で、怖かった。

手探りながらゆっくり書いた。

ちょっとずつイメージが戻ってきて

あ、こんな話だったんだ、っと、

少しずつ、でも、新鮮に思い出した。

とうとう体の中にあった話を外に出すことができた。



一つ作品がおわったら、次の作品を書く。書き終えるまでは、次がどんな作品かわからない。次の一行がどーなるのか、どういう結末なのか、自分でもわからない。何かを書くってスリルとサスペンス。

それまでの私は、お金を稼ぐためにライターをして生きていた。

自分にとってそれは、真の部分で何がしたいのか、

何を書きたいのか無視している、ということだった。


ロンドンでの生活は、本来書きたいことがあるならそれを書いていいんだ、ということを思い出させてくれた。その一歩をふみだす、もう一度書きだすきっかけになった町だった。そしてそれで充分だった。

私は帰国し実家のある福島に引っ越した。





実に高校生の時以来、福島に帰った私は、

実家のお寺掃除と原稿を書く、という毎日を送った。

パラサイトもいいところだった。



寺にもどって最初に書いた話は「ザクロ」という話だった。

夢でみたイメージを冒頭にもってきた。

少女が大人の女性に変化していく過程を書きたかった。

ロンドンにいながら、いろんな女友達に、

初潮を迎えたときの話をインタビューしていた。

たくさんの人種が集まるロンドンで、

どこの国の女性もみんなだいたいその時は、

恥ずかしさと困惑を感じたといっていた。

それって世界共通なんだ。

国は違えど気持ちをわかちあえた気がしてうれしかった。

少女から女へ、女であれば誰でも通るであろう

変化の話を書いた。



ある日お寺で留守番をしていると、親子がお金の無心にやってきた。

私はお金を与える側として、その場にいた。

息子の前で、息子と同じくらいの年齢の女に「お金をください」っと、

頭をさげる。そうできる父親の迫力に絶対的な意思を感じてこころが動いた。

父と息子の話が書きたくなった。

それで誕生したのがa man of srrawだった。

以下はそのラストシーン。


○ ○ ○


『その日の午後。外門のベルがジージーっと鳴った。

アポイント無しの来客はスリルがあって、どこのどいつかとその面を確かめると、ゲートの外で、身形の汚い老人が申し訳なさそうにびくびくと背中を丸めていた。白髪混じりの髭は伸び放題で、何色なのかわからないボロボロのローブから紐がだらりと垂れ下がっていた。

「なにか仕事はもらえないでしょうか?」

行方不明の息子を捜しにやってきたのだが、一年、二年と捜しているうちに貯金が底をつきてしまった。やっと見つかったと思ったら持ち金がすっかり無くなってしまい帰りのお金がない。なんでもしますので仕事をください。老人は擦れた声でいう。事情を説明しおわると、おずおずと頭を下げた。見ると奥のほうに息子らしき男が薄く佇んでいる。息子のためならなんでもする。身形は汚かったが覚悟はあった。足の悪いここの主はその父子には少しの興味も示さずに、草むしりでもさせなさいと答えた。

中庭の芝の間に生える草たちは、夏の日差しをすいこんで青々とその生命力をみなぎらせている。芝刈り機だけでは刈りきれない草をお願いすることになった。父と息子は、草むしりの場所を定めると一心不乱に草むしる。彼らはほとんど口を利くこともなくもくもくと仕事をこなした。太陽の下で汗をかきながら草を刈る二人の姿は、とてもよく似ている。

主は、仕事が終わった父息子にコインを2枚、渡すようにと言った。コイン2枚じゃ隣街へ行く運賃にもならないじゃないか、と、内心心配したが言われたとおり渡されたコインをかさかさに乾いた父の掌にのせた。父と息子は深深と頭を下げて「ありがとうございます」と言った。父は一つのコインを息子に渡した。息子もおずおずと頭を下げる。父と息子はそれぞれのコインを1枚ずつその掌に握り門の外へ出て行った。二人は同じような歩き方で去っていく。静かに歩く二人の背中はほんとうにそっくりで、父と息子は、離れていたお互いの時間を取り戻し、いたわり合っているようにもみえた。中庭はキレイに雑草がなくなっていた。見るとそこにはもう父と息子の姿はなく、雑草のなくなった美しい庭に陽炎が出ていた。』


○ ○ ○



そんな調子で話が出てきて

作品はできあがっていった。

11話の話はほぼ完成し、

2011年4月から、私は東京に引っ越すことになった。





2011年3月11日。

地震がおきた。私は福島にいた。

冗談みたいに大きく揺れて、

駐車場のアスファルトが大きく波うっていた。

著者のKurosawa Yukoさんに人生相談を申込む

著者のKurosawa Yukoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。