種ナシくん~俺の精子を返せ!~

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「やっぱり、女性も社会に出て活躍していく時代ですし、男も家事ができなければと考えて・・・将来、妻をできるだけ助けてやりたいと思ったんです」


などと苦し紛れに答えたところ ・・・


「ステキ♀ うちの旦那♂にも聞かせてやりたいわ」 


 などと好評を得てしまい、少し心苦しく思った。ただ、みんな家庭的でステキな女性ばかりで、つくった料理を囲んで食事するのは、ちょっとした合コン気分。当日、登校直前、LOFTに駆け込んで慌てて買ったエプロンが、ミッキーマウスがプリントされた女性モノだったのも怪我の功名で、ツカミもOKだった。さっそく「ミッキー」というニックネームがつけられ、デレデレと楽しんでいる自分がいた。 


 当初の目的はそれなりに胸を張れるものでも、段々と意識が肉欲の方へ流れてしまうのが、一貫して治らないボクの悪い癖。必死の思いで入学した大学でも金稼ぎと遊びに明け暮れていたことを思い出すが、料理教室でも、相武紗季似の20代女性、東尾理子風のアラフォー女性のふたりに心を奪われ、調理に身が入らない始末。ふと開いた胸元に目が行って食器を落としてしまい・・・


「恋と同じで焦っちゃダメよ ミッキー」(東尾) 


などとたしなめられていた。そんななかで、彼女と別れた傷を都合よく癒やしていくのだった。 


ちなみにその後、ボクは相武といい感じになったと錯覚し、デートに誘ったことがあるが、「婚約者がいる」ということであっさり玉砕している。その情けない話は割愛するとして、彼女に自分の女友だちの話だ、とした上で「最近は男が原因の不妊もあるらしいから、ちゃんと調べてもらったほうがいいよ」と伝えたところ、 


「ふふ、うちのダーリンに限ってそんなことはないから、大丈夫よ」 


 と返されたことを思い出す。自分もそうだったように、やはり他人事なのだ。手遅れになる前に気づくことができた幸運に感謝しつつ、料理に打ち込まなければ、と当初の目的を取り戻したのだった。 


さて、徳川家康の健康長寿の秘訣のひとつだと思われる「味噌汁」。ボクは「味噌をお湯に溶かして、豆腐をぶちこめば完成」くらいに考えていたのだが、みなさんご存じのように、時間をかけて出汁をとることが大事なんだと初めて知った。大さじ一杯の容量から、米の研ぎ方、きのこは風味が落ちるから洗わない、固いものから茹でる……などなど、本当に基礎的なことから学んでいったが、講師が言ったこのウンチク・・・


「農薬を落とすため、野菜は水でよく洗うことが大事です」 


 という部分だけ、自信を持って「それは違う」と思った。クリニックの先生のようにうまく説明する自信もなく、その場でネオニコチノイドについての議論なんてしなかったが、みんな「農薬は水で洗い流せる」と信じているようで、心が痛んだ。 


そうして半年ほど経過した頃には、料理の知識も少しは板につき、定期的に自炊する生活を始めることができた。仕事は相変わらず忙しく、夜や週末に作り置きすることも多くて、人には見せられない不格好な出来ではあったが、自分でつくると、料理はこんなにうまいんだと感動する日々だった。


 また、時間がなくても必ず毎朝、味噌汁はつくって飲むことにした。そのことで、コンディションは間違いなく改善し、「これは飲む点滴だ!」と実感。ミネラルウォーターで炊き上げた無農薬米は格別の味で、おかずなしでも十分においしい。コンビニのサンドイッチやハンバーガーショップで朝食を済まそう、という気は一切起きなくなった。 


基本的に食材はすべてネット通販で購入した無農薬品で、食費は確かに上がったが、タバコをやめ、夜の遊びや贅沢を控えれば、大した出費には感じなかった。バイタリティが高まり、以前よりも歩くようになったので、車も売ってしまった。そうして、健康的な生活が定着していくのだった。 


外食は蕎麦屋、寿司屋、大戸屋へ


当初は「完全無農薬生活だ!」と息巻いていたボクだが、読者の方も想像付くであろう、企業人として都会で生きて上でいくつかの諸問題も生じてきた。


まず、社会人である以上、「付き合い」がある。ボクはそれほど社交的な方ではないが、当時は営業職だったこともあり、飲み会は避けて通ることができなかったし、あまりストイックになると人間関係に軋轢が生じることもわかった。


 一時期、昼食用に自分で握ったおにぎりを持参していた時期があった。もちろん、米も海苔も具も無農薬だ。それまでは上司や同僚とラーメン屋などに行っていたが、何が混入しているかわからないものは食べる気にならなくなっていたのだった。


そんなある日のこと、上司に呼び出されこう告げられた。 


「オマエさ、独身なのにそうやって弁当持ってきているのって何で?」


「いや、食費を切り詰めるためですよ」


「昼食なんてその辺のランチ行けば700800円だろ? うちの給料だったら、そんなに困らないだろう。実はさ、おれたちと一緒に飯を食うのを嫌がっている、なんて噂が立っているんだよ」


「まさか、そんなことはないですよ!」 


普通ならきちんと説明すれば理解してもらえるところだと思うのだが、この上司がいわゆる体育会系のパワハラ体質だったもので、最終的に「協調性がない、という評価をするが、いいんだな?」などと言われることになってしまった。


困り果てたボクは仕方がなく、昼食にお付き合いすることになったのだが、ひとつ、妙案が浮かんだ。その職場では、ランチは必ずふた手に分かれ、ラーメン屋か蕎麦屋か、という二択になることが多かった。そして、蕎麦は無農薬栽培だったことに気づいたのだ。しかも、パワハラ上司は蕎麦が好きだったので、毎回蕎麦屋を選べば、ご機嫌を損ねることもないだろう、と。 


ただ、お客さんとの会食はそうもいかず、焼肉店を指定されて、先生に残留農薬の問題を聞かされた輸入牛肉を、脂汗をかきながら笑顔で食べる、ということもあった。逆にこちらに選択権がある場合には・・・ 


「すごくいい寿司屋があるのでぜひ、ご一緒に!」 


と、あたかも常連のごとく、評判のいい寿司屋にお連れすることにした。 


オーガニックな食事を追求することは本来的にいいことだと思うが、過敏になってしまうと、逆に健康を害するような気もする。いま思うと、最初のころは少し以上で、寿司屋に行っても、水銀が多いと言われている養殖物のマグロ、キンメダイ、ブリ、アマダイなどは絶対に手を付けないようにした。


「フェニル酢酸“水銀”」は避妊薬に使われているものだし、2011年に世間を賑わせた子宮頸がんワクチン事件――ワクチンのなかにチメロサールと呼ばれる防腐剤が入っており、それが不妊を誘発したとして大問題になった事件だが、この中身も水銀だった。このように、不妊に対する知識が頭のなかをぐるぐると回り、それに類するものを食べてしまったと認識すると、吐き気すら催してしまう。


スーパーや回転寿司に行けば必ず目にする、ピンク色の「アトランティックサーモン」など、もってのほかだ。あの手の輸入サーモンは、たいてい麻酔薬やワクチンを摂取され、養殖魚のいけすに送られる。与えられるエサは、食欲をそそる美しいピンク色に育てるための着色料、病原体の集団感染を防ぐための抗生物質に殺虫剤、PCB(ポリ塩化ビフェニル)が入った脂肪など……と、やはりこれまで蓄えてきた知識が頭をよぎる。


ボクが寿司屋で注文するネタは決まっていて、アジ・イワシ・カツオ・サケ・サンマ・イカ・エビ・貝類など。お客さんから 


「そんなに寿司が好きなのに、マグロを食べないのか?」


と聞かれ、 


「実はマグロアレルギーなんです」 


 なんて言い訳をしていたことを思い出す(ちなみに子供の頃からマグロは大好物だ)ただでさえ気疲れする接待で、さらに精神的に疲弊することになってしまっていた。 


そして、ひとりで外食せざるを得ないとき、または気を使わなくていい相手との食事は極力、「大戸屋」を選ぶように心掛けた。


これは特に無理をしているわけではなく、数ある外食チェーンのなかで大戸屋ほど健康に配慮した店はない、と訪れる度に感動する。ボクが大戸屋ホールディングスから利益を供与されている、なんてことは一切なく、実際、米は減農薬栽培、塩は沖縄のいり塩、醤油は有機丸大豆、中濃ソースも無農薬、卵は自然卵、納豆は有機、豆腐は本にがりと、外食チェーンとして驚くべきこだわりようだ。和食中心で、健康的な日本の食卓を堪能できるメニュー。ボクはいまでも、外食するときは真っ先に大戸屋を探している。 


上記のような生活ができたのは、ボクに「子どものいる幸福な家庭がほしい」という異常なこだわりがあったのと、彼女に捨てられて精神的にリセットができたタイミングだったこと、独身でまだ若かったことなど、多くの要素が絡み合ってのことだと思う。最終的には、一年ほど試行錯誤して、基本のベースができ上がった。具体的な食事のメニューは、次のような内容だ。 


【朝食】

・具だくさん味噌汁(海藻・根菜)・麦入りご飯・梅干(天然) ・梅干

・サラダ(トマト・レタス・アボガド・ごま)※前日作り置き ・納豆(天然) 

・ニンジンリンゴジュース ・ヨーグルト

 

【昼食】

(平日)

・とろろ蕎麦 ・大戸屋 ・寿司屋 

(休日)

・カレーライス ・焼肉(国産肉) ・アボガドブロッコリーゆで卵のサラダ

 

【夕食】

・肉じゃが ・アボガド入りコールスローサラダ ・麦入りご飯 ・冷奴 

・ポテトサラダ ・キムチ(無添加)

・里芋の煮っころがし ・ひじき煮 ・刺身(カツオ、サンマ、アジ)

・かぼちゃの煮物 ・焼き魚(サンマ・サバ) ・丸干しイワシ

 

※白飯は一回・150グラムまで

※市販のドレッシングは使用せず、自作のものを使用

※カロリーは一日2000キロカロリー以下

※糖質は一日200グラム以下

※間食、デザートは極力なし

※清涼飲料水は控える 


 付け加えると、先生の勧めで「スギナ茶」をよく飲んでいた。スギナは非常に生命力が強い雑草で、原爆が落ちて荒廃した広島の地に最初に再生してきた草としても知られる。サポニン、葉緑素、ケイ素、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、鉄、亜鉛などのミネラルやビタミンを豊富に含み、カルシウムはほうれん草の155倍、リン・カリウムは5倍、マグネシウムは3倍という、薬草として圧倒的なスペックだ。


ホームセンターに行けば、「スギナを枯らす!」というキャッチコピーで除草剤が売られているほど。そんなものが口に入ったらどうなるか、という想像もするべきだろう。 


 そんなこんなで、ボクの体は少しずつ、しかし確実に変わっていった。

第五章 蘇る精子


アボガドがもたらした、運命の人との出会い


 彼女に捨てられて2年が経った冬、ついに本当の運命の出会いが訪れた。友人のツテで、新宿歌舞伎町の鉄鍋屋で行われた、33の合コン。大学を卒業したてでまだあどけなさが残り、合コンへの本気度も高くなさそうな女性が目に飛び込んできた。現在の妻である。


 ボクはそれまで、意識していたわけではないのだが、どういうわけか年上の女性とばかり付き合ってきた。いろいろ、あった・・・人妻との不倫で裁判を起こされそうになったり、結婚詐欺に遭いかけたり、直前では「種ナシ」発覚で捨てられたり……と、数々の修羅場を経験したこともあって、疑心暗鬼から、“世間ズレしていない素直な女性”を求めるようになっていたのかもしれない。


 彼女とのファーストコンタクトは、次のような会話だった。


「はじめの一杯は何にする? ビールでいいかな?」


「私、ビール苦手ので、カシスオレンジをください……」


 これまでボクが付き合ってきた女性とは違う、フレッシュな感じが魅力的に思えた。何より惹かれたのは、食べ物の好みだ。


「好きなものを頼んでいいよ」


「じゃあ私、コラーゲン餃子と、カツオとアボガドのカルパッチョをください」


「女子力が高そうなメニューだね。健康志向なの?」


「はい。翌日のコンディション整えるために栄養価の高いものを選ぶんです。特にアボカドが好きで、大学時代は『アボちゃん』って呼ばれていたくらいなんですよ!」


“精子回復食”をはじめてから、ミック・ジャガーに倣ってアボカドを常食してきたボクが、この言葉にピンとこないわけがない。早々に彼女にロックオンして、“料理ができる男”をアピールすることにした。


「奇遇だね。ボクもアボカドが大好物で、いつも自分でサラダをつくっているよ。昨日は試しに、アボカドにキムチと粉チーズを合わせてみたら、めちゃくちゃおいしかったな」


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