種ナシくん~俺の精子を返せ!~

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「まず第一に、食事内容の改善をしていこう。繰り返しになるが、外食中心の生活はあらためて、なるべく自炊するように。パンや肉、ジャンクフードばかり食べないで、米や野菜をたくさん食べなさい。ほかにも課題はあるけれど、いきなりすべてはできないだろうから、まずはそこからスタートだ」


「なるほど、わかりました。それで、具体的にはどんなメニューがいいんですか?」


「やはり、実際に子だくさん、健康長寿の人に学ぶのがベストだと思う。『天皇家の食卓』も大いに参考になるが、ミック・ジャガーの食生活を紹介しようか」


「え!? ミック・ジャガーってロックシンガーですよね? ああいう人たちってむしろ酒池肉林、オーガニックな生活をしているイメージなんて全然ないんですけど」


「世代が違うからピンとこないだろうね。彼には7人もの子どもがいて、最後の子ができたのは55歳のときだったんだよ。それに、彼のステージを見てほしい。還暦を過ぎても、2時間も走り回りながら、ものすごいパフォーマンスを続けている。世界一のアスリートは誰か、と言われたら、私ならミック・ジャガーと答えるよ」


「そんなにスゴいんですね。その源が食事だということですか?」


「そう、今日は資料も用意しているよ。単に栄養士がオススメするメニューより、こういう方が面白いだろう?」 


そう言ってニヤリと笑うと、先生はミック・ジャガーのライフスタイルを考察した雑誌のレポート記事を出してくれた。それによれば・・・ 


「食事は13回だけ、きっちり食べる。間食、外食は一切なし。酒、タバコもやらない」


「メニューは全粒粉のパン、ポテト、パスタ、玄米、豆類、チキン、魚介類、海藻類、ヨーグルトなど。オーガニック栽培の野菜類が主体で、朝食後は肝油、ニンジンとイチョウ葉のエキスを服用する。好物は無農薬栽培のアボカド」


23時前には就寝、6時には起床」 


 ロックミュージシャンのイメージとはかけ離れた生活だ。驚いていると、先生が食事のポイントを教えてくれた。 


「日本ではバランスのいい食事の覚え方として、『孫子は優しいよ』という言葉が言い伝えられている。ま=豆、ご=ゴマ、こ=米(玄米)、わ=わかめ(海草類)、や=野菜、さ=魚、し=シイタケ(キノコ類)、い=芋、よ=ヨーグルト(醗酵食品)だ。ミックの食事を見ると、これらがほぼ網羅されているね」


「なるほど。『孫子は優しいよ』ですか。よく覚えておきます」


「また当然のことだが、早寝早起きはやはり大事だ。成長ホルモンは夜10時~午前2時にもっとも多く分泌されていると言われているからね」 


 先生の言う理想のライフスタイルをほぼ満たしているミック・ジャガーは、その後2016年、73歳で8人目の子どもを授かった。 


「欧米人は明らかに日本人よりも健康に対する意識が高い。ミックはその最たる例だね。やはり一流の人間は仕事以外のライフスタイルも一流だ。一説によれば、世界の名門一家として名高いアメリカのロックフェラー一族やイギリスのロスチャイルド一族も、自家で栽培した無農薬・自然農の食材しか食べないと言われている」


「天皇家と同じく、自分たちで農場や牧場を持っているということですか?」


「そう言われている。“一族の血脈を絶やしてはいけない”ということから、健康長寿に対しての意識が一般人に比べて段違いに高いのかもしれないね。もちろん、財力がなければそこまではできないけれど」


「ロックフェラーって、石油ビジネスで大きくなった会社ですよね。農薬だって、石油精製品みたいなものなのに、それを否定するような生活をしているのは違和感があります」


「石油のプロフェッショナルだからこそ、その長所と短所を一番よく知っている。だから避ける、ということもあるかもしれないよ。例えば、コンビニに並んでいないのを見たことがない、添加物たっぷりの菓子パンや惣菜パンを作っている、日本のとある大企業。有名タレントを使ったテレビCMを見ない日がないほどだが、そのパン会社の社長は、自社の商品を絶対に口にしない、という話を聞いたことがあるよ。確か、遺伝子組み換え作物を開発しているバイオメジャー企業が、自社の社員食堂や売店では遺伝子組換作物の取り扱いをNGにした、という報道もあったな」 

 あとから調べてみると、19991227日付の朝日新聞に「遺伝子組み換え食品、自社食堂から姿消す 作物開発の英化学会社」という記事があった。さまざまな事情があるのだろうが、なんとも無責任なものだ、と思ってしまう。また、ロックフェラー一族は確かに、代々長寿であるようだった。創業者のジョン・ロックフェラーは93歳まで生き、この当時は存命だった3代目当主のデイヴィッド・ロックフェラーは、101歳まで生きた。


「ボクがしょっちゅう食べてきたカップ麺やコンビニ弁当なんて、彼らから言わせれば論外なんでしょうね……」


「まず食べたことがないだろう(笑)」 


徳川家康に学ぶ、日本伝統の長寿食 


先生の話は続く。 


「さて、日本にも面白い参考例がある。徳川家康だ。家康が何人、子どもをつくったか知っている? 驚くなかれ、計16人で、最後にできたのは66歳だった」


「あの時代にですか? 敦盛に『人間五十年』とありますけど、寿命も短かったんですよね?」


「当時の平均寿命は、推定3738歳とされている。その時代に、家康は75歳まで生きたんだ。驚異的なことだよ。それで、やはり違うのは食事なんだ。家康は麦飯を主食にしていたことで知られている」


「麦飯は、天皇家でも出されていますね。『天皇家の食卓』で読みました」


「そうなんだ。想像に過ぎないがもしかしたら宮内庁が家康に倣って、そういう献立を組んでいたのかもしれないね。麦飯にはビタミンB1やカルシウムなどが豊富に含まれているし、家康の麦飯は麦と胚芽の残った“半搗き米”を混ぜたものだったそうだから、自然と咀嚼回数も多くなったのだと思われる。それが脳や胃腸の働きを活性化させていたのではないかと」


「最近、健康に気を使う人は、真っ白な精白米ではなくて茶色い玄米や麦飯食べていると聞きましたが、そういう理由があったんですね」


「それと、日本人の食卓に欠かせない味噌汁も大事だ。家康は丸大豆100%の味噌汁を必ず飲んでいたという。私は漢字で『身礎(みそ)』と書きたいと思うくらい、身体の基礎をつくる上で大事な食材なんだよ。血管や腸の掃除もしてくれるし、造血能力も高め、そして精子をつくる上で最大の敵となる酸化ストレスを抑制する機能もあるんだ。さらに、家康が飲む味噌汁は豆類、野菜類がふんだんに使われた、具沢山の椀だったと言われている」 


やはり麦飯、味噌汁、焼き魚のようなメニューがいいのかと思っていると、先生から意外な言葉があった。 


「家康が長生きした重要ポイントはもうひとつ、適度に肉を食べていたことだと思う」


「肉ですか? 意外ですね」


「当時はまだ、肉を食べる習慣が根付いていなかった。『日本書紀』によれば天武天皇の時代には肉食が禁じられていたそうだし、広く浸透していったのは明治時代以降だ。しかし家康は、江戸の時代から雉子や鶴の焼き鳥などを食べていたとされ、適度に動物性たんぱく質を摂っていたと思われる。もちろん、“適度に”というのが重要で、現代人は肉の食べ過ぎで大腸ガンがものすごい増えているからね」


「そうなんですね。」


「日本人の寿命が伸びたのは、肉食文化の到来で動物性たんぱく質を豊富に摂れるようになったから、ということもあるが、反面、農耕民族の日本人の体には、どうしても合わない部分がある。具体的に言うと、もともと狩猟民族で肉を食べていた欧米人は腸が短く、日本人は腸が長いという違いがあって――と、脱線してしまうからこれくらいにするけれど、いずれにしても家康は、雑食で肉もほどほどに、魚も野菜も豆も米も、まんべんなく食べていた。現代の栄養学に照らしてみると、ビタミンB群、食物繊維、大豆(ビタミンE、イソフラボン、レシチン)、DHAEPAが網羅されている。これらは、世界でもトップを誇る日本人の長寿体質を支えてきた機能性成分であるとされ、世界的にも研究が進められているんだ」


「和食の力ってすごいんですね」


「その通りなんだ。今こそ日本人は和食がいかに世界に誇るスーパー健康食であることを再認識して『食い(悔い)あらためる』べきなんだ」 


 と、得意の言葉遊びで締めた先生。ミック・ジャガーと徳川家康をテーマにした講義により、食に対する関心がさらに深まっていくのを感じた。 


盲点だった肉の農薬汚染 


その後、ボクは足繁く先生のセミナーに通った。セミナーは休診日となる土日の午後が多く、クリニックの待合室にホワイトボードを持ち込む、という形で行われていた。出席者は最大10人、平均すると5人程度の小ぢんまりとしたもの。しかし、いつでも熱量の高い講義が展開された。先生は70代だが、1時間立ちっぱなしで、水も飲まずに話し続ける。外見はまったく違うが、どこかミック・ジャガーのステージに重なるような迫力があった。 


その日のテーマは、「輸入肉の農薬汚染」というものだった。前述のように「肉は適度に食べたほうがいい」ということだったが、肉ならなんでもいい、どうやらということではないようだ。 


「意外と知られていないのは、人の体に入り込む農薬の大半は、肉を経由してのものだということ。それだけ、肉の農薬汚染は深刻なんだ。それはなぜか。実は輸入牛肉を肥育するのに使われている飼料には、農薬の量に上限がない。それが牛の体内で濃縮されるから、国産牛とはまるで比較にならないほど、残留農薬量が高いんだよ。さらに、短期間で育てるために強力な成長ホルモン剤(ラクトパミン)や抗生物質が大量に投与されている。言ってみれば、輸入牛肉は“ドーピング肉”だというわけ。それを規制する法律もなにもないんだ」 


2009年の『日本癌治療学会学術集会』において、赤身肉部分で米国産牛肉は国産牛肉の600倍、脂肪においては140倍ものホルモン残留が検出されたというデータが発表されている。さらにアメリカでは、肉食女性とベジタリアン女性の母乳を比較したところ、残留農薬量に100倍の差があったというデータも出された。 


「残留農薬値が高い上にクスリ漬けの肉が、身体にいいわけがない。しかし、悲しいことに安いからみんな買ってしまうんだ。和牛は高いからね。私はホルモン剤の影響も深刻だと考えていて、仲のいい小児科医から聞いた話では、男児なのに胸が膨らんでくる子や、男性器が極端に小さい子がいたり、10歳にも満たない女児が初潮を迎えたり、というケースも出てきているらしんだ」 


レクチャーは終わり、先生は「あしたのジョー」のごとく燃え尽きたようにぐったりと椅子に腰掛け、ようやく水を飲んだ。科学的に優位なデータの裏付けがない限り、なるべく鵜呑みにしないようにと心がけて聞いているボクも、最後には妙に納得させられてしまう。 


帰り道、ファミレスに目をやると、子どもたちが楽しそうにハンバーグを食べていた。微笑ましく、ボクが夢見る幸せな家族の日常が、そこにある。しかし、先生の講義を聞いたあとでは、なんとも憂鬱な気分になってしまうのだ。潔癖になりすぎるのもよくないと思うが、未来を担う、愛らしい子どもたちに、ボクたちは平気で毒を与えてしまっているのではないか――そんな気分になってしまうのだ。 


無知であるがゆえに農薬など社会毒のリスクを知らず、子どもを育てる親のことを「毒親」と呼ぶ人もいる。あえて強い言葉を使えば、それは「悪意のない、緩やかな毒殺行為」かもしれないのだ。少なくとも自分の子どもができたときに、食材には細心の注意を払おうとボクはその時、決意した。 


はじめての料理教室 


と、先生に自炊を勧められたこともあり、またまだ見ぬ我が子に安心できる食事を与えられるようにという思いもあって、ボクは料理教室に通うことにした。いまのように料理を手軽に学べる動画やアプリがあればよかったのだが、まだ金欠が続いているなかで、少々奮発することになってしまったのだった。それでも、池袋のカルチャースクールで月額1万円、月4回という、割安の基礎コースだ。 


包丁を持つのは、小学校の家庭科の授業以来のこと。母親が手料理をつくることをとことん嫌がっていたため、そもそも「家で料理をつくる」ということに対する意識が極端に希薄だったということに気づく。子どものころからスーパーで買った出来合いの、保存料・化学調味料などてんこ盛りの惣菜や外食、出前で食事を済ませていた。学校に持参する弁当も、母親がコンビニで買ってきた弁当を詰め替えただけのもの。下校中、近所の家から漂ってくる家庭料理のにおいに、いつも憧れを感じていた。先生の話を聞くにつけ、これは種ナシになっても仕方がない、と思ってしまう。 


 かく言う自分も、社会人になって激務にさらされるなかで、とてもではないが自炊などする気は起きなかった。しかし、脱・種ナシのためにはそうも言っていられない。月額1万円の出費も、化学治療と比較すれば破格に安いのだから、しっかり学ぼうと思った。 


料理教室の初日。さっそうと現れた女性講師は、実在する某IT企業の女性社長を思わせる、いかにも切れ者風の人だった。そして受講生は、10人中ボクだけが男で、あとは2030代の女性ばかり。当然のように浮いてしまい、質問攻めにあうのだが、 


「お兄さん、なぜ料理教室に来ようと思ったの?」 


 と聞かれ、まさか、 


「ハイ!精子の数を増やすためです♂」 


 とは言えない。そのため・・・

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