フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話

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次話: フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話(高校留学時代編)
私の人生ははっきり言って、
かなりの波瀾万丈です。
社長になるまで
もちろん、なってからも
ほんとうに様々なことがあり、
それを1つずつ乗り越えてきました。
今でも日々ドラマの連続で
大変なことも多いですが、
現在は、
東南アジアの
穏やかな気候のなかで、
大変充実した日々を送っています。
ママでありながら、
毎日の家事の負担から解放され、
ストレスなしで、
フルタイムで働くことが出来る環境に
身を置くことが出来ています。
子どもの留学をきっかけに、
私も何かをしようと思い、
同じように親子(母子)留学をする方のお手伝いをする
ビジネスを始めたのです!
普通と言う言葉がぴったりだった私が、
手に入れた夢の『海外プチセレブ』
を実現させるまでの道のり


これを何回かに分けてお話していきます。
まずは、今の生活になるまでの
波瀾万丈な人生のお話を
時代にそってお話していきます。

▼幼稚園時代

3月生まれという事もありのんびりしていた。
でもすごく人懐っこくて活発な女の子だった。
幼稚園の頃から近所のお友達のおうちに遊びに行ったり、
ご飯を食べにいったり、
図々しく泊まったりといった感じで、かなり活発に動いていた。

▼小学校時代

しかし、小学校2年生の時に
広島から東京に転勤になったとき、
今でも思い出すと
心が痛むいじめに何度かあう。

いじめ その1

広島なまりの言葉だったため、
「それって日本語?何言ってるかわからない」
みたいなことを上級生の女の子に言われてしまったのだ。
転勤族だから、いつも居場所がない感じだった・・・。

いじめ その2

仲良くしていたと思っていた友達から
次の日、いきなり無視された・・・。
この頃はいじめたりいじめられたり
と言った感じで自分も悪いのだが。

いじめ その3

極めつけが小学校5年生のとき。
今でも思い出すと胸が痛い。
原因は分からないが、
クラスの半分以上の女子から
「むし(無視)がとんでる」というのを合い言葉に
無視された事もあった。
悔しくて泣きながら帰宅した事も多々ある。
でも親には迷惑を掛けたくなかったのと、
なんだか恥ずかしくて、言えず、
学校でも居場所がなく、
本当に学校に行くのが辛かった。
唯一、他のクラスの友達で仲の良い子がいたので、
放課後はその子達と遊ぶ事が出来たので救われていた。

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