汝の道を行け そして人々の語るにまかせよ

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 ■3回目の服役の時に運命的に聖書と出会う

 今、進藤先生からダルクとの関わりについてお話し頂きましたけど、ダルクって簡単に言ってしまうと「薬物をやめる訓練をする居場所」ですよね。

 そして、そこにはやめるためのツールとして12ステップがあり、同じ依存症の仲間がいる空間、ということだと思うんです。原型は自助グループのNAだったり、AAであるわけで、そこにつなげる動機付けを図る空間でもあるわけです。

 やめる環境を専門につくるために、まず道具としての12ステップ、つまり回復のプログラムがあって、それを補強する環境要因として同じ体験を持つ仲間がいる。

 まあ、それで全員が回復するわけじゃなくて回復率はせいぜい3割ぐらいでしょ。一通り回復プログラムをやって、どうにか回復したかなと言える人たちの数ですけど、これをどうとらえるか?

 以前ならダルクは、3・3・3・1の法則なんて言われてましたよね。回復者はよくて全体の3割、プログラム途中でいなくなるのが3割、病院や刑務所に逆戻りするのが3割、残りの1割は死んでいく人たちでした。

 自死にしろ事故死にしろ、今はかなり減ったと思います。各地にいろんな個性あるダルクができて、自分に合った多様な回復のあり方にチャレンジできるから。

 評価は分かれるかもしれないけど、回復率3割は凄いと思いますよ。プロ野球だって3割バッターなんて数えるほどでしょ。それに専門家集団じゃなくて素人集団ですからね、ダルクは。それ考えたら僕は凄いと思います。

 だからダルクで救われている人たちが、まあ全員じゃないですけど、あちこち行ったり来たりしてね、それで何となく回復に向かっていく姿というのは決してばかにできない、僕はそう思います。

 それで話を戻させてもらって、進藤先生が依存症に苦しんでおられた時、刑務所内で神の啓示を受けた。回心して行く過程ですね。そのあたりの原点のところについてお話を伺えればと思います。

 進藤 3回目の服役の時にですね、要するにその、自分が覚醒剤で組の方からもすっかり信用が無くなって、自分から一回フケた(逃亡した)んですね。なんとか自分をリセットしようと思って。

もう一回、若い人も増やして組に戻ろうかなと思っていたんですけど、結局はシャブをやめられませんでした。

 それで相変わらず一匹狼のシャブ売人でいながら、細々というか、太々というか、大胆にというか、さんざんやってましてね。

 で、その間に結局、覚醒剤取締法違反で捕まってしまった。組との関係も途絶えたままですから、捕まるとやっぱり銭の切れ目が縁の切れ目というか、ネタの切れ目が縁の切れ目で、しかも女にも逃げられた。

 これから刑務所にお務めなきゃならないというのに、奥さんもいない、組織とも無縁…、もう本当に一人で途方に暮れたんですね。

組織の人間には「捕まったから、じゃあもう一回戻るから面倒見てくれ」なんて、務めを終えて出てきてからだったらまだしも、自分勝手に出ていった立場だから口が裂けても言えませんよね。

 かと言って、僕は一応四次団体のナンバー2というか代行だったんで、変なプライドがあってですね。

今までそのー、下にいた人間の所に行ってね。また下っ端からなんてとてもやれない、っていう気持ちもあった。この期に及んでも何か形を付けて帰ろう、なんてことばっかり考えた矢先の逮捕だったんです。

 で、家族からも見放され、どうやって生きて行こうかな、と。かと言ってヨソの組に行くほど甘い世界ではないのでね。実際のところ自分の組ってのは、本当に敵に回してはいけないぐらいアレですから…。もちろんその組に恩義もありますし、とてもヨソの組になんかには行けない。

 百歩譲って組に戻るにしても、自分の性格からして、とても一からはやりたくない。出所したとしても、とてもビジョンが描けない状態だった。

 だって社会に出たらペーペーで、学歴も無い、職歴も無い、指も無い。逆になくてもいいじゃまなだけの刺青はある。そんな中でどうやって生きていこうかな、と。

 そう思っていたときに、運命的なんですけどね。聖書に出会うんです。その前、二回目の刑務所の時にも、実はキリスト教と出会っていたんですよ。出会っていたけども、ただ通り過ぎただけでした。

 

 ■「自分もミッションバラバになってみたい」

 というのはキリスト教と出会うといっても、刑務所の中のキリスト教集会っていうのがあって、そこに行けば違う工場の人間と話ができる、ってだけの話でね。聖書に出会う前の僕にとってはね。

 そこでですね、同じ系列組織の人間と一緒になりたくて、そこで待ち合わせして、お互い顔を突き合わせて、いつも話し込むんです。そういう感じだから、キリスト教の話なんか全然聞いていなかった。もっぱら組仲間と話をするのが目的だから、話を聞く耳なんて持っていない。

 で、その中でお祈りの時間があって、皆さんがお祈りを真剣にするんで、僕たちもこう形だけでも聞かなきゃいけないな、と思ってたわけ。一応、話をずっと聞くときに、やっぱりその「ヤクザがやめられるように」とか、「社会復帰できるように」とかっていう、お祈りをするんですよ。

 その当時、ミッションバラバっていう、僕たちの先輩で元ヤクザから牧師になった人たちが何人かいたんですね。で、ちょっとしたムーブメントで、その関係の本も出てたりしていた。

 で、僕はそれ読んでたから、実に「けしからん」と。「真面目にやってれば幸せになれる」って言うんですよ。すごくねたましいでしょう。当時の僕の心情からはね。ヤクザのなれの果てそのものだから、「この野郎、うそつくな」「偽善じゃねえか」「ヤクザ食い詰めておいて真面目な人間をだますな!」みたいなね。

そう思ってたんですけど、でも自分が実際に破門みたいな形になり、家族からも捨てられて一人ぼっちになったら、今までねたんで「この野郎!」と思っていたミッションバラバが、逆に今度は「自分もああなってみたい」っていう、自分でも意外なほど素直な心持ちに変わっていったんですよ。

 なんかこう、「神様にすがれば本当にそうなるんだろうか」っていうね、そういう素直な思いになってですね。で、「ああ、あの人たちのようにお祈りをしたら、もしかしたら俺もあんなふうになれるかもしれない」と思って、別れた妻にね、妻というか内妻なんですけど、それに「聖書を差し入れてくれ」と頼んだんです。

 「もう俺から自由になっていいから」とか言って、その条件と引き換えに聖書だけを差し入れてもらったんですよ、本当に。それが、彼女とのお別れの合図でしたね。

 で、もう誰も頼るわけにはいかないですから、本当に必死になってこの聖書を読んで、何とかして神に出会おうとね、あの時は自分でも不思議なくらい真剣でした。学校でもろくに勉強したことがないのに、自分でも不思議なくらい熱心に読みました。

 で、一冊読んだ中で神様と出会うことができなかったら、もうこれはやめよう、と思っていたわけです。「俺はキリスト教には縁がなかったんだ」と諦めようと思っていた。

 

 ■「私は悪人が死ぬのを喜ばない」に目が止まる

 でも、聖書の中の一節に目が止まったんです。それは「私は悪人が死ぬのを喜ばない。かえってその悪人が、その態度を悔い改めて生きることを私は喜ぶ」と書いてあったんです。

 その時に、僕は神様の霊が自分に働いた気がしたんです。体が震えるような感じになって、「ああ、神様はいるんだ。そして私自身がやり直すことができるんだ」と。それで「どんな人間でも悪から離れて立ち返ることを、神様は望んでる」ってことが理解できたんです。

 で、ここで初めて更生というか、社会復帰に向けて「よーし、やってやろう」というような気持ちになれたんですよね。

 まあ、僕はどこ行っても話すことは同じで、言いたいことは「腹を括る」ってことなんですよ。一番大事なことは、自分が目の前のその事に対して腹を括れるかどうか、ってことなんですね。

 ダルク来る人だって、ここの教会に来る人だって「クスリをやめたい」とかね、「社会復帰したい」とか言って来るわけですよね。だから腹の括りようですよ。それをまた人間って、どうしても一人では弱いから、ちょっとしたことで挫折したりする。やっぱり仲間とかね、そういうのが必要なわけで。

 ここに来る人たちも、更生できる人とできない人の違いは、「腹ひとつ」だと僕は思う。その人たちは「宿借り」でね、行く所が無いから雨風しのぐ場所、金が無いからってここに来るだけなのか、それとも人生を本当に一八〇度ガラリっと変える、そのエネルギーをここで出したいのか、その差だと思うんですよね。

 ―それはアレですかね。言葉は適切ではないかもしれませんが、タイミングの問題もありますよね。その人が置かれている運命の中で多分、いろんなすれ違いがある中で、ただ一点だけ自分が状況と交差する瞬間って言うのかな。

まさしく進藤先生が刑務所内で聖書と出会い、キリスト教の神と出会う瞬間がそうですよね。一回目には出会えなくて通り過ぎたけど、二回目の時に運命的に出会えた、その瞬間。偶然というよりも運命的なものを感じますよね。

 恐らくその時には、こちら側は受け入れる素地できていて、向こうから与えられる要因とうまく合致したときに、初めて運命が開花するっていう感じでしょうか。

 進藤 まあ、それもあるでしょうねえ。

 

「腹を括る」ことは「どん底を認める」こと

 その、進藤先生が今言われた「腹を括る」っていうことなんですが、僕はすごくいい言葉だと思ったんですけど、ダルクでもそれは言えますよね、回復に向けてのターニングポイントとして。これについて栗原施設長は何か感じるところがありますか?

 栗原 それをダルクでは「どん底」って言っていますね。どん底を経験するということ、どん底を認めることが、進藤先生の言葉なら「腹を括る」ところなのかな、と思います。その辺が私たちと一緒なのかなと…。

 今、先生の示唆に富むお話を聞いて思ったんですけど、その、どん底を認めるって、実はこれ大変な作業なんですよね。

 人間少なからず誰しも、プライドとかいろんな譲れない感情を持っているわけで、いい時には人間関係の潤滑油っていうか、プラスに働くんでしょうけど、時には邪魔な要因にもなる。特に依存症の回復においては、ゆがんだプライドほど厄介なものはない。

 他ならない私自身がそういう存在でしたから。それを取り除いて、本当の弱い自分を認めるってのは、こりゃあ、一筋縄ではいかない。本当にそれこそ腹を括んなきゃできないことですよね。

「落ちるところなで落ちた。よーし、やってやろう」とか、進退極まって、この先進むも地獄、戻るも地獄という不退転の位置に立たないと、なかなか人間って自分の無力を認めることなんかできやしない。

 そういうというところへ行くんだろうと思うんです。実際、私は六〇歳でダルクにたどり着いたけど、一番嫌だなと思ったのは「刑務所の中で死にたくない」「獄死だけは避けよう」っていうことだったですね。

 六〇歳という年齢でしたから、それまで受刑者を何人も見てますんでね。獄死する人も。それだけは避けようというは、自分の中でずうっと持ってました。

 そんなことで何度も塀の中とシャバを往復する人生を繰り返してきて、先ほど述べたように最後七回目の時に出所して前橋刑務所の門を出た。

でも、先ほどの進藤先生の話じゃないけども昔の仲間は誰も迎えに来ていない。唯一、塀の中にいた時に文通していた姪っ子だけが迎えに来てくれたけども、ヤケになって酒をくらい、三日三晩飲んでいた。

 彼女がダルクにつなげてくれた恩人なんですけど、自助グループに通って、ひと足早く薬物依存症から回復していた。姪っ子だから私の子どもと同じ年齢だったんですけど、依存症の世界では先輩の回復者で、先行く仲間だったんです。

 先ほどはそこまで話せなかったんですが、その子がずいぶんと心配して骨を折ってくれた。でも、実はそれでもストレートにはダルクに行けなかったです。依存症って一筋縄ではいきませんから。

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