ハイスクール・ドロップアウト・トラベリング 高校さぼって旅にでた。

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著者: 成瀬 望

旅、前日


なんでもない日常のなんでもないある日。

寝る前、明日の朝に旅立つことを決めた。


高校2年生の梅雨の季節。

明日、突然いなくなる。

親も先生も友達もクラスメートも誰も、ぼくが旅に出た理由はぜったいにわからない。

前後の脈絡なしに突然、失踪したようにしか見えないだろう。

それがいい。

ぼく自身、何のために、どこに行くか何も決めていない。

つまり、明日からぼくがどうなるか、本当に誰も知らない。

神さまだってきっとわからないだろう。



本当の旅とは、新しい景色を探すためではなく、新しい“目”をもつためのものである。

―マルセル・プルースト






旅、1日目


「今日からちょっと旅にいく」

朝、いきなり母親に言った。


母親は驚いていたけど、仕事に出かける前の慌ただしい時間帯で、ぼくに詳しく尋ねる暇もなかった。

高校に電話だけかけて、すぐに出かけて行った。

「すみませんが今日、息子は旅にいくので学校を休ませて頂きます」

「はい、わかりました!お大事に!ガチャッ」

受話器の向こうから聞こえてくる先生の声は事務的で、一瞬で電話は切れた。






全財産、3万円。

中学校の社会の地図帳、小学校の理科の方位磁石。

着替えの靴下とパンツを一着ずつ。

とりあえず歯ブラシ。

読みかけの寺山修司の文庫本。


いつもの通学リュックに適当に入れた。






玄関のドアをあけると、いまにも降り出しそうな空。

そういえば昨日、傘を学校に忘れたんだった。

傘をとりに高校へ行くことにした。


いつもの阪急電車。

いつもの通学路。

今日もいつも通りの人生が順調だ。






校門をくぐったときには遅刻寸前だった。

傘立てのそばにいる先生がぼくに気づいた。

「もう始まるぞ!急げ!」

「すいません!」

軽く走った。

まだ間に合う。

傘立てにたどり着き、きのう置き忘れた傘を抜き取った。


いま、だ。


神さまにフェイントをかける勢いで、回れ右する。

「えっ?!どこに行くねん?」

「すぐ近くに忘れ物をしたので取りに行ってきます」

適当にごまかして、戸惑う先生を残して、小走りで校門を出る。


もう間に合わない。

キンコンカンコンと背中でチャイムが鳴る。


ゆっくり歩き出す。



どっかへ走って ゆく汽車の

75セント ぶんの 切符をくだせい 

ね どっかへ走って ゆく汽車の

75セント ぶんの切符を くだせい ってんだ


どこへいくか なんて

知っちゃあいねえ

ただもう こっから はなれてくんだ


―ラングストン・ヒューズ






どこに行くか?

いま決める。

思い浮かんだ目的地は、群馬県の山田かまち水彩デッサン美術館だった。

山田かまちは17歳のときにエレキギターの演奏中に感電死した少年で、彼の書き遺した絵や詩は、中学生のころからぼくの心の支えだった。

かまちが死んだ17歳になるまでに行けたらいいなとぼんやり思っていた。


とりあえず東へ行こう。





方位磁石と地図帳を出した。

が、地図帳を広げても道路は載ってなくて、道がぜんぜんわからなかった。

持ってきたことがいきなり無意味だ。

まあ、どうでもいい。


ひたすら早足で歩く。

知っている景色はすぐに知らない街の景色に。

そして田んぼや畑、山の景色に変わっていく。

遠くへ遠くへ。


学校では今ごろ、いつもと同じ日常が繰り広げられている。

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