伝統と未来をつなぎ、ウェルビーイングを支える。高機能畳「MIGUSA」の挑戦
サステナビリティ活動における課題は多岐にわたるが、重要性を増しているのが「自然資本」と「資源・廃棄物」に関する課題だ。私たちの社会や経済活動は、森林や土壌、水、大気、生物や鉱物資源といった自然資本が生み出す生態系サービスに大きく依存している。また、経済活動によって枯渇しつつある資源と増加が止まらない廃棄物の問題も深刻だ。
このような時代の要請を受け、積水成型工業はオリジナルの畳「MIGUSA」を開発、販売している。このMIGUSAは生産から供給に至るプロセスで環境負荷を低減し、新たな素材で自然素材を代替。さらに、抗菌・抗ウイルスや衝撃緩和の機能も高め、ウェルビーイングへの貢献も目指している。機能性を高め、新たな市場を開拓する「アップデート畳」の真価に迫る。
和空間をサステナブルに彩る、新時代の畳「MIGUSA」
気候変動や脱炭素という課題に次いで「自然資本」と「資源・廃棄物」が世界的なアジェンダになっている。そこで注目されるのが、限りある資源を循環させ、自然資本への負荷を減らすサーキュラーエコノミーだ。企業は社会貢献やCSR活動などで責任を果たしつつ、持続的な社会に貢献していく取り組みが求められる。
積水成型工業は天然イ草のテクスチャーはそのままに、さまざまな機能を追加した「MIGUSA」を手がけている。樹脂と無機材料を配合した素材でナチュラルな肌触りを再現し、耐久性や安全性も担保する新感覚の畳だ。同社の延伸事業部(旧)でMIGUSAの製造、販売をリードする吉田昌史がストロングポイントを解説する。
積水成型工業 取締役 延伸事業部長 吉田昌史
「素材はポリプロピレンと炭酸カルシウムを配合したものです。ポリプロピレンは歯ブラシやプラスチック食器に用いられていて、耐熱性や耐久性に強みがあります。炭酸カルシウムは天然の無機材料で、非常に微細な粒子に加工します。製造工程では、これらの主成分に紫外線(UV)吸収剤や熱安定剤などを配合します。最適な配合によって色あせしにくい耐光性や、床暖房の熱でも使える耐熱性を持たせ、汎用(はんよう)性を実現するのです」
洗浄率(汚れの落としやすさ)は97.3%。天然イ草の32.1%を上回り、手入れや掃除がしやすい
MIGUSAは水や汚れに強い上、ダニ・カビが発生しにくい。アレルゲンになる物質は含んでおらず、日本アトピー協会の推奨を受けている。時代に適合する提案について、吉田が続ける。
「古くから、日本の家庭では、畳の上で洗濯物を取り扱ったり、子どもが寝転んだりして生活してきました。MIGUSAはそんな空間にフィットします。また、生産している出雲工場では焼却廃棄物ゼロを達成しており、原材料としての再利用、環境に配慮した処理を行うなど、サーキュラーエコノミーを意識しています。MIGUSAは人と環境にやさしい製品なのです。地域密着型工場から世界へ流通する製品を送り出してきたことが評価され、『出雲ブランド商品』にも認定されています」
積水成型工業は工業用プレート、生活用品や電材用シート、容器、包装資材などを製造し、押出、ブロー、インフレーション・延伸及び超延伸成型技術を磨いてきた。MIGUSAの機能性を支えるのは長年培ってきた成型技術とノウハウだ。「素材の配合技術に加えて、金型設計技術が天然イ草のような質感、風合いを支えています」と、MIGUSAプロジェクトに一貫して携わってきた田所淳人がフォローする。
積水成型工業 開発・知財部 開発・知財グループ 田所淳人
「天然のイ草と同様に樹脂を1本1本成形し、織機で織って仕上げています。私たちが長年培ってきた樹脂の加工技術、金型設計のノウハウにより、表面には微細な凹凸を施しました。これが肌の接触面積を減らしてベタつきを軽減し、天然素材のような肌触りをもたらすのです。テープを集束し均一なスキン層を設けることで、クッション性も備えています。樹脂加工で磨いた技術の蓄積は、豊富なカラーバリエーションにもつながっています。伝統的なグリーンだけではなく、ホテル、旅館で利用されているイエローや、モダンな家具など現代の建築様式にも合うベージュやアイボリーなど、60以上のカラーがあります」
御宿 野乃松江(ドーミーインチェーン 和風プレミアムホテルブランド)のフロント
畳は日本人の生活基盤を支え、住まう人の安全・安心を担保してきた。MIGUSAもその原点を意識し、健康と暮らしに寄り添う製品を目指している。吉田は「例えば、『御宿 野乃松江』では全館畳敷きMIGUSAが和の空間を演出し、人気を集めています。
我々の今後の展望として、様々な施設でMIGUSAをご使用いただき、畳の良さをさらに広く伝えていければ」と、新素材畳の可能性に期待を寄せる。
伝統色からモダンな柄まで60色以上のカラーバリエーション
天然イ草が持つ品質を目指し、伝統文化に向き合う
MIGUSAが開発され、世に出たのは1991年のことだ。そもそも、積水成型工業は積水化学の子会社でプラスチック成形を扱っていた積水シート成型工業・積水ブロー成型工業・積水延伸成型工業の3社が合併して設立された経緯がある。そこで、グループ企業ながら異なるバックボーンを持つメンバーの融合を図るため、当時の経営層が「合併の成果と言える製品を開発しよう」と提案した。こうして押出・ブロー・延伸という社内の技術を融合したチームが編成され、製品の開発やマーケティングに臨む。全社が一丸となって第4の事業の開拓を目指したのだ。
「開発をリードしたのは延伸技術のチームでした。延伸技術はテープやロープ、ひもなどの包装資材で評価を得ていた、高度な加工技術です」と、吉田は開発時の技術陣を振り返る。
「MIGUSAの開発基盤になったのは、菰樽(こもだる)にまつわる技術です。菰樽とは鏡開き・割りでおなじみの日本酒の樽ですね。樽には破損を防ぐ稲わらが巻き付けられていたのですが、その代替品としてテープを撚(よ)って巻く樹脂製の菰が開発されました。特殊な金型を通すことで、1本1本がわらのような質感の菰を作っていたのです」
開発チームは、この製品の構造や風合いが天然イ草・イ草畳表に極めて近似している点に着目。培ってきた延伸技術により、独自の畳表を開発すべく動き出した。チームは目指すべき製品を美しい草――「美草(みぐさ)」と命名。当時、畳表は現在の約4倍以上の市場規模があった。期待が高まる中で開発企画が始動する。
しかし、チームの前には高い壁が立ちはだかった。「畳は平安の世から続く日本独特の床材だけに、文化に磨かれた品質の高さに驚かされました。開発陣は改良に時間を費やし、製品化に向き合っていたのです」と、吉田は当時のエピソードを引き合いに出す。
「イ草一本一本を稈(かん)と呼びますが、その表皮はチームが想定した以上に堅牢でした。天然イ草と同等の表面強度を得るために、チームは稈を成型する金型設計、プロセス設計や製品の仕様変更に注力しました。モニター評価を実施しつつ、畳表の文化を学ぶために日本を代表する匠に指導を受け、『畳とは何か』を体得していったのです」
高度な樹脂加工技術により、天然イ草の構造を再現
天然イ草の内部はスポンジ状で、この中空に含まれる空気が弾力性を高めている。このような均一なスポンジ状構造の成型は容易ではない。表面のスキン層を均一に成型しなければ弾力が得られず、結果として表面強度も確保できないためだ。MIGUSAは極限まで薄くしたテープを成型し、細い穴状の金型に送りこんで成型する。これによって内部が中空状になり、天然イ草のスポンジ状構造と同等の弾力性を発揮するのだ。
「チームは金型の材質や形状、細かな寸法を一から見直し、テープのボリュームなどの改良も重ねました。製織機はMIGUSAに特化した仕様に改造。品質を評価する方法も独自に考え、製造の最適化を目指したのです。このように、草創期にはゼロから製品を創り出す苦労がありました。当時のスピリッツは今なおチームに語り継がれ、受け継がれています」
吉田が語る試行錯誤は3年の月日をかけて行われた。この結果、MIGUSAの繊維は天然イ草のように均一な成型を実現。表面には天然イ草のような溝を作ることで、弾力性に加えて肌触りや滑りにくさも向上させた。こうして、MIGUSAは天然イ草のような風合いを持ち、高い機能性を備えて市場に出たのである。
カラーや機能性に加えて「ケア」も見据え、新たな市場を創出
MIGUSAは「洋風住宅における和空間設計」をコンセプトに、洗練されたデザインで「和」の空間を彩る。インバウンドが拡大する中で、訪日外国人の利用が多いホテルや商業施設で採用は拡大の一途。抗菌や抗ウイルス、防炎といった機能性を高めたモデルが牽引し、家庭用のニーズも堅調だ。そして、2024年2月には家具メーカーのウィドゥ・スタイルとの協業による高衝撃緩和型薄畳「MIGUSA CARE」をリリースした。これは「健康寿命の延伸」をテーマにした新たなソリューションだ。製品開発の経緯を田所が解説する。
「わが国では高齢化が進んでおり、介護を要する人は2020年で約682万人もおり、2040年には約988万人に達するとみられています。介護が必要になる要因として認知症や脳血管疾患(脳卒中)が挙げられますが、第3番目の要因は転倒・骨折で、これも大きなリスクです。私たちは認知症や脳卒中へのソリューションは提供できませんが、MIGUSAによって屋内の転倒や骨折のリスクを軽減することはできるかもしれない。この思いから、高衝撃緩和型薄畳の開発がスタートしました」
MIGUSA CARE
MIGUSA CAREはMIGUSAを使用しているため、アルコールや次亜塩素酸ナトリウムなどで消毒でき、衛生面に優れている。芯材にはMDF(中密度木質繊維圧縮板)を採用して剛性を確保。薄型で使いやすさを保ちつつ、衝撃緩和性能を向上させた。田所らはアカデミアと連携し、製品のエビデンスを確保している。藤田医科大学や名古屋大学、島根大学、東京工業大学の知見を得て実証実験を実施し、介護現場での安全性、使いやすさを緻密に検証しているのだ。
「実験では、生活者の安全に関わるさまざまな性能を検証しました。例えば、転倒衝突時の硬さは『G値』という値で示され、一般的なフローリングは120~140G前後です。MIGUSA CAREは42Gで、柔道場の床が60G、従来の本畳の50~60Gと比べても高い性能を示しています。局部的に変形しないため、荷重を面で捉えられるのも特徴です。このため歩行性は良く、『日常的な動作時の硬さ』もJIS規格で推奨される0.8以上1.3以下の範囲内。クッション性と歩きやすさを高いレベルで両立し、介護される方も介護する方も使いやすい製品として現場に届けられます」
実験にあたり、田所らは積水化学グループが持つ住環境学の知見と、アカデミアの医工学の知見をブリッジする役割を担った。積水成型工業が持つケミカルの技術とグループのミッションである「住・社会のインフラ創造」がリンクし、社会課題を解決する一歩が踏み出された。
健康寿命の延伸をミッションに、さらなる共創へ
MIGUSAはケアというキーワードを加え、人生100年時代を支えるアイテムとして日常に寄り添っていく。畳という伝統文化を基盤に、新たな健康市場の創出へ。「家具メーカーとのコラボが製品として結実しましたが、さらなる共創が視野に入っています」と、吉田は視線を前に向けた。
「MIGUSA CAREは2025年大阪・関西万博 大阪ヘルスケアパビリオンへの出展も決定し、ヘルステックの一翼を担う製品としてさらなる注目を集めていくでしょう。この出展は、積水化学の見守りセンサーANSIEL(アンシエル)とのマッチングが評価されたものです。センシングによってバイタルデータを取得し、健康管理や見守りに機能していく――畳というツールを超え、健康寿命を延伸するソリューションとして期待がかかります。健康寿命の延伸や環境への配慮、そして高付加価値製品の創出は、次代のメンバーに期待しています。MIGUSAをさらに進化させ、社会に貢献する製品を送り出してほしいですね」
開発陣とアカデミアをブリッジしてきた田所も、「外部パートナーとの共創でさらにオープンイノベーションを進めていってほしい」と期待を込めた。さらに、「MIGUSAは日本文化の伝統と未来をつなぐ存在だ」と、開発の原点に通ずる思いに触れる。
吉田は「ライフスタイルの洋風化に伴って、日本の住居から和室が減っています。天然イ草及びイ草表の供給量も減少傾向が続いており、市場は30年前の約1/4に減っているのが現状です※1。そのような中でも、『和室をユネスコ無形文化財への登録活動』※2など、和室・日本文化が見直されつつあり、MIGUSA表は日本古代から続く、伝統行事にも使用され、畳表として認められたと自負しています。」と、日本文化に欠かせない畳の現状に触れ、MIGUSAの展望と期待を語る。
「さまざまにカラーを増やし、機能を付加してきたMIGUSAですが、畳ならではの手触りや質感の再現も大切にしてきました。日本古来の床座の暮らしを次代に継承する一助になりたい、そんな思いが私にはあります。また、私たちは需要減に悩む畳の生産者や工務店も応援してきました。MIGUSA CAREは出雲工場に限定せず、全国35社の生産者を認定。基準を満たした高付加価値製品を広く届けられる体制づくりが進んでいます。多くの方に快適に使っていただきつつ、新たな畳を提案していければと思います」
優れた性能で健康で快適なスペースを創り、洗練されたデザインと安全性で住む人に寄り添う。新しいかたちで日本人の暮らしを支えるMIGUSAへ――畳をアップデートし続ける積水成型工業のチャレンジは、今後も続いていく。
畳表の供給量は平成8年(1996年)3831万枚、令和5年(2023年)745万枚。
※2 和室、ユネスコ無形文化遺産に=松村秀一・早稲田大研究院教授 | 毎日新聞
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