「人生って意外と 捨てたもんじゃないよ。」
その言葉だけが頭の中をグルグルとエンドレスに回っていた。
一つの大切な命を大人の勝手でオレの勝手で奪ってしまった。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。
その日からしばらく部屋に引きこもってた。
何をしたらいいのか分かんないし何もしたくない、何も考えたくない。
どれ位の時間が経ったんだろう?
どれ位泣いたんだろう?
何回オレも死んでやろうと思ったんだろう?
でもそれでも生きていた。
後にこの中絶の経験は「男」として生きて行こうという決意を
固めさせてくれる出来事となった。
死なせてしまった子供の分までオレらしく生きて行こうと決めた。
本当にゴメンね。
そして心からありがとう。
君の事は一生忘れないよ。
君の分まで生きていくからな。
④オレは男だ!でも身体は女なんだよ・・・
「性同一性障害」・・・
体の性別と心の性別が一致しない病気?障害?の事。
今では「性別違和 」って呼び方が変わった。
オレの場合、体は女として生まれてきたが心は男ってやつ。
FTMって言うんだ。
みんなによく聞かれるのが
「いつ頃から?」って質問。
いつからも何も生まれた時からなんですけどね。
ってゆうか自分でも正直分からん。
まあ強く意識し始めたのは小学校入学の時くらいだったかな?
①小学校〜大学時代
当然、戸籍上女の子であったオレは赤いランドセルを使わなきゃいけなかった訳で・・・
そりゃダダこねまくったさ。
「絶対ヤダ。黒いランドセルじゃなきゃヤダ」ってね。
まああの時代いくらダダをこねてもどうにかなるわけもなく、
嫌々赤いランドセルで6年間過ごしたよ。
登下校の時には私服だったのが救いだったよね。
友達は男の子も女の子も居たが、遊ぶのは男友達との方が断然楽しかった。
6年間はあっという間に過ぎ、中学入学。
小学校入学の時よりダダをこねたのが
「セーラー服」の事。
スカートなんてはいた事ない人間がセーラー服って。
死んでも履きたくなかったが、やっぱりどうにか出来るはずもなく
セーラー服を着るはめになる。
さらに追い打ちを掛けるように思春期に突入。
おっぱいは大きくなるは生理が来るはで頭の中はパニック状態。
何で?何で男なのに?受け止める事は出来なかったから
あの時代は諦めるという方法しか選択肢が無かった気がする。
そこで思いついたのは、「男」だっていう気持ちは心の奥にしまい込み
著者の大川 忍さんに人生相談を申込む
著者の大川 忍さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます