「お腹の子は、無脳児でした。」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~

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次話: 「お腹の子は、無脳児でした。」最終話 ~妊娠498日の約束~

声を聞いた瞬間に、号泣。

話さなきゃと思っても、

とりあえず、溜まってた涙が全部流れた。



夫の7月7日

理由なんて、ない。



「大事な話があるから、

電話に出られるようにしておいてね。」と、

妻のはなちゃんからLINEが入った。


昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。


数分すると、電話が掛かってきた。

もちろん、はなちゃんは号泣していた。

一通り話を聞いた。


余計なことは言わず、言えず、

「うん、うん」と相槌だけ打っていた。


あとは「わかったよ。早く帰るね。」

と低い声で言っただけだと思う。


さすがに食欲は無くなった。

帰社後、会社に事情を説明して、

早退させてもらった。


自宅まで車で45分ほど。

とにかく色んな事を考えた。


なんでこうなったんだろうとか、

もしあれがこうだったらとか、

とりとめのないことばかりを考えていた。


そして、人から聞いた話を思い出した。


” お寺の禅の話。

最初に叩かれた時は、体が動いたのかと考える。

しかし、その後も叩かれ続けていると、

「過去の自分の行いが悪いのかも知れない」と

思い始めてしまうそうだ。


つまり、人間は理由の分からない、

納得のいかない出来事に直面すると、

心のバランスを守るため、

無理やりにでも理由を作ってしまう生き物なんだ。"


まさしく今の自分もその状況だと思った。


きっと、理由なんてない。

誰も悪くない。

ただ、現実に起こってしまったこと。


ただそれだけのことなんだ。と受け止めた。


俺は今から、はなちゃんを支えなければいけない。


落ち込んでなんていられない。


帰宅すると、すぐにそうたろうを

保育園にお迎えに行く時間だった。


はなちゃんは私一人で

「お迎えに行ってくれ」と頼んできた。

「なんだかそうたろうに会わせる顔がない」と。

でもそれは断った。

そうたろうが心配する。そこは逃げちゃ駄目だと。


素直に納得してくれて、

一緒にお迎えに行った。


初めて二人で行ったお迎えに、

そうたろうは満面の笑みだった。


やっぱり、子どもの無垢な笑顔には癒される。

私たちには、そうたろうがいる。


それだけで、恵まれていることだと思った。

もし、彼がいなくて二人きりだったら、

沈むところまで沈んでしまうのだろう。


夜、少しだけ無脳症について調べてみた。

ネットでは数万人に一人はおろか、

千人に一人の確率とも書かれている。

そんな多いはずがないと心から思う。


こんな思いが「珍しいことでもなんでもない」では、

安く片付けられているようで、納得ができなかった。


はなちゃんはとりつかれたように、

携帯で無脳症について調べ続けている。


少しでも、ほんの少しでも、

この苦しい思いや不安を解消させてほしいと

「薬」を探しているようだった。



夫の7月8日

そうたろう、空に叫ぶ。


もともと僕たち夫婦は

いわゆる「授かり婚」だ。

ただ、妊娠発覚前から

結婚式場に見積もりを取っていたので、

「不意」な妊娠ではあったが、

「不本意」な授かり婚ではなかった。


08年1月に交際を開始。10か月後、結婚。

翌年5月に長男のそうたろうが誕生した。

今回のことは初産から5年と2か月後のことだった。


今日は産婦人科で

「ご家族に病状の説明」を受ける日。

指定された正午に病院へ。

もちろん、はなちゃんは暗い。


自分は昨日帰宅するまでに

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