若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
「フォー・フォー、フォー・フォー、レッド41、レッド41」
とコールした。ひそかに練習していたレッドパスへのプレー変更だ。
そのコールを聞いたZは、身じろぎ一つせずにじっと下を向いていた。きっとうまくいくと、自分にいい聞かせているかのように。
「レディ、セット、ダウン、ワン、ツー」
ボールが動いた。
Zは、45度斜めに入り込むと見せかけて、すぐに真っ直ぐにゴールラインめがけて走り出した。大川のディフェンスバックは、Zの45度クイックをカバーするために既に内側に入りこんでいたため、取り残されてしまった。
その間にZは、独走している。背が低く足も短いが、足をフル回転させて走るので結構速い。大川の選手は、もう追いつくことはあきらめたかのように申し訳程度にZを追いかけていた。
Kは、少し救い上げるように力一杯ボールを投げ上げた。
ブン、取ってくれよ。Kは祈った。
空高く投げ上げられたボールは頂上付近でZの走り込むであろう地点に向きを変え、落下し始めた。そこへZが滑りこんでいく。そして、Zが差し出した両手に吸い込まれるようにスッポリとボールが収まった。
タッチダウン。
レフェリーが大きく両手を上げた。
先生のビデオが大きく貢献した。
これに勢いづいた三木高校の攻撃はその後も止まらず、Gがその快速を活かして縦横無尽に走りまわった。結局この試合は42対0で大勝した。
調子付いた三木高校は次の陽星高校にも、全く危なげない試合運びで勝った。
県下では、新参高が2連勝したと話題になっていた。
そして、梅宮高校との準決勝だ。
この試合の勝者が、既に決勝進出を決めている関西学院大学高等部とともに関西大会に出場できる。
5月21日
夏を思わせるほど気温が高く、よく晴れた日だった。両校、グランドの中央で一列に並んで挨拶をした後、レフェリーの笛とともに、試合が始まった。
梅宮高校は、フランカーT体型からの大型ランニングバックを走らせる攻撃を売り物にしていた。そのランニングバックは、三木高校の僕らには、「ネズミ」と呼ばれていた。顔がネズミに似ている上に、チョロチョロとタックルをすり抜けて走るからだ。もちろん、三木高校の僕らがかってにつけた愛称で、当の本人は全くそんなことは知らない。
試合開始とともに予想通り、ネズミが走りまわったが、GやZも負けずに快速をとばして相手を霍乱した。実力が均衡している両校は、一進一退を繰り返し、第4クオーターも終盤を迎えた。
27対21で三木高校は負けていた。勝つにはどうしても、タッチダウンをとらねばならない状況だ。
自陣45ヤード、サードダウン残り8ヤード、残り時間は3分10秒。あと2回の攻撃で8ヤード進めば、また4回の攻撃権がもらえる。
ハドルでクォーターバックのMの出したプレーコールは、右プロビアからのスプリットエンドへの45度クイックパスだ。
「レディ、セットダウン、ワン、ツー」
センターからボールを受けたMは、左端から斜めに走りこんでくるYをめがけてすばやくボールを投げ込んだ。
相手のコーナーバックは、不意をつかれて付いてきていない。チャンスだった。
Mの投げたボールは、スプリットエンドのYめがけて矢のように飛んでいき、ピタリとYの走りこむところに届いたかのように見えた。
が、ほんの少し前方だった。そのボールに向かって、Yはこれでもかというほど手を伸ばしたが、わずかに中指の先がボールに触れただけで、無常にもボールは、ポトリと地面に落ちた。
「ピイー」
レフェリーの笛が鳴った。
パス失敗。
Yは、大きく地面をたたいた。
パス失敗で時間経過は止まり、残り時間は、2分50秒
三木高校は、重大な選択に迫られた。
あと1回の攻撃で、8ヤードを獲得して、更に4回の攻撃権をもらうか。それとも、8ヤードの獲得は難しいと判断して、パントを蹴って敵陣深くで梅宮高校に攻撃権を与え、その攻撃を4回で止めて、僅かな残り時間で再度攻撃するかのどちらかだ。
ここで、U先生は、タイムアウトをレフェリーに申告した。そして、クォーターバックのMと僕をサイドラインに呼んで、少し緊張した様子でいった。
「ギャンブルするで。右プロビアで右フェイクオプションからのフランカーリバースや」
「ここが勝負や。8ヤードとれへんかったら負ける。絶対に通してこい。行け」
U先生は、Mのおしりをポンとたたいた。
U先生は、残り時間からの関係で、パントを蹴れば次回の攻撃時間がなくなると判断していた。
右フェイクオプションからのフランカーリバースとは、フェイクオプションに見せかけて、右外に走るハーフバックにピッチするところを、その後方を右外から左に走るフランカーにピッチするスペシャルプレーである。
全くオプションプレイにみせかけることができるので、成功すれば大きく前進することができるが、クォーターバックとフランカーが逆方向に走りながら、ボールをピッチするので、タイミングが合うのはほんの一瞬しかない。高度な技術を要するプレーだ。
ハドルに戻ったMがいった。
「右プロビアで右フェイクオプションからのフランカーリバース。カンウト、ワン。絶対取ったる。Wk頼むで。ブレイク」
全員、パンと手をたたいて夫々のポジションにセットした。
「レディ、セット、ダウン、ワン」
センターのSがボールを勢いよくスナップした。
すぐにMは、ボールを持って右側に走り出した。3歩走ったところで後方から来た右ハーフバックのZにボールを渡すフェイクをして、ボールを抜くとまた右側に足を踏み出した。
その後方には、左ハーフバックの飛脚がついてきている。梅宮高校のディフェンスメンバーは、この時点ではっきりと右オプションだと認識していた。逆サイドのディフェンスの選手までもが、オプションを止めるべく、右側に集まってきている。
そして、梅宮のディフェンスエンドは、Mをマークし、アウトサイドラインバッカーは、脚の速いGへのピッチを警戒して、スクリメージラインを割ってきた。
U先生は、この状況を見て、しめた、と喜んだ。
ここで右側から左に向かってこっそりと走りこんでいたフランカーのWkにMボールをピッチすれば、誰もいなくなった左大外から簡単に8ヤード以上は、走ることができるからだ。
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