若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話

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「オー、オッ、オッ、オッ、」

僕らは、力をふりしぼって声を出していたが、限界が近づいていた。

そしてついに、7往復目のダッシュの途中でとんぼが倒れた。

とんぼは、まるで飛行機が胴体着陸をするように地面に落ちた。

それを見たU先生はゆっくりと、とんぼのところに近づいた。

「どないしたんや」

U先生はとんぼの顔を覗き込んだ。

「先生、もう足が動かへん」

かろうじて頭を上げたとんぼが蚊の鳴くような声でいった。

それを聞いたU先生は、

「そうか。足が動かへんのか。休んでもええで」

「でも、お前が休んだ後また走り出して、わしがええというまでみんなは走り続けなあかんな」

「おまえ一人だけ、ゆっくり休んでもええで」

妙にやさしくいった。

すると、それを聞いたとんぼは、観念したのか何とか体を起こした。そしてまたヨロヨロと走り出した。その後、3本走って

「よっしゃ、今日はもうええわ」

というU先生の声とともに恐怖のダッシュは終了した。

全員その場に倒れ込むと同時に、本当に死なないでよかったとほっとした。

 

その日は、練習の最後にU先生が僕らを集めていった。

「しんどい練習は、何のためにしとるんや。誰かいうてみい」

「体力をつけるためやと思うけど」

関取が得意そうに答えた。

「違う」

「根性をつけるためや」

続けて、Yが答えた。

「ちょっとおおとる」

「お前らは、これから試合もあるけど、社会にでたらいろんなことがある。そのときにこれが役にたつんや」

僕らは、なんのことかよう分からんという顔で聞いている。

U先生は続けた。

「社会にでたら、しんどいことがいっぱいある。体がしんどいのとちゃうで。いろんな問題が起きて、精神的にしんどいんや」

「人間は精神的にしんどい方がこたえる。そんなときに、おもいっきりしんどいことを経験したやつは、強い」

「あのときあれだけしんどい練習ができたんやから、今のしんどさは大したことはない。きっと乗り越えられる。そう思えるからや」

「ところがや。若いときにしんどいことを経験してないやつは、あかん。誰でも経験せんことは怖い」

「死んだことがないから死ぬのが怖いんと一緒や」

「経験してないことは恐怖なんや。そやから、どうなるんやろと不安で一杯になり、最後にはつぶれる」

「ええか。つぶれてしまうんや」

「もういっぺんいうけど、社会に出る前に死ぬほど苦労してないやつは、弱い」

「分かったか。将来きっと役に立つんや。そう思うてしんどい練習をせい」

それを聞いた僕らは、なんだか分かったようで、分からんようで。それでも、結局しんどい練習がこれからも続くということだけは、はっきりと分かった。

 

20.現実は頭の中で起こっている。考え方を変えれば現実は変わる。

 

 次の日の練習前に僕はU先生に体育教官室に呼ばれた。

僕は、昨日からこうなるだろうと思っていた。

体育教官室に入ると

「まあ、そこにすわれや」

そういって先生は僕を正面に座らせた。

「うしよ。キャプテンとして昨日みたいな練習をさせとったらあかん。あれはなあ、やらされとる練習や」

「あんな練習では、関西大会には出れん。お前も分かっとるやろ」

U先生は珍しく穏やかな口調でいった。

「先生のいうとおりやと思う」

僕は、自分でも驚くほど素直に答えた。

「人はな、同じことをやるのに気持ちの持ち方しだいで、しんどさはぜんぜん違うんやで」

「親が、病気の子供を背負って夜中に病院へ行くのに長い時間歩いて、しんどいから怠けたろかと思うか」

「そやけど、人から届け物を頼まれて、同じ道を歩くときはしんどいと思うかもしれんな」

「どっちも同じ長さや」

「そいつの感じる現実というのは、外にあるんやなくて、そいつの頭の中にあるんや」

「お前は、みんなに『練習はやらされとるんと違う。お前らが関西大会に行きたいからやっとるんや』ということを分からせるようにせい。それがキャプテンの役目や」

「やり方はまかす。ええな」

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