若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
タイムアウトがとけ、三木高校の攻撃が再開された。
ファーストダウン。
Mの期待に応えるかのように、ラインは執拗なブロックをした。
XとIは腕だけで相手を仰向けに倒した。その隙にMがオフタックルを駆け上がった。なんと20ヤードのロングゲイン。
その後も、Mのオプションプレーは止まることを知らず、ついに敵陣20ヤードまで前進。三木はよみがえった。
ここで、グランドの隅に置かれたゲーム時計は残り時間2分30秒を示していた。
あまり時間はない。
「レディ・セット・ダウン、ワン」
プレーが始まった。
またもオプションプレーだ。Mは、ボールを持つと、Zにフェイクした後いつものように右へ走りだした。梅宮の選手は、Mを警戒して集まってきている。
そしてまさに、梅宮の選手の右手がMの腰にかかろうとしたとき、Mはすぐ後を付いてきていたGにボールをピッチした。
当然、Gのまわりにも、守備選手が集まってきていた。観客席の誰もがGがすぐにタックルされると思った。
ところが、次の瞬間、Gが持っていたボールを前に投げた。いつの間にか、オプションでフェイクしたZが守備ラインをこっそりと抜け出て、ゴールエリアで一人待っていたのだ。
普段ボールを投げたことのない飛脚が投げたボールは、いかにも頼りなさそうにふらふらと空に舞い上がった。
ボールの行方を誰もが見守った。
やがて、そのボールは回りに誰もいないZの手の中にストンと落ちた。
「ピイー」
レフェリーは大きく両手を上げた。
タッチダウン。
21対19。
ここで、トライフォーポイントをプレーで決めて2点を取ると同点となる。観客席からは、大きなどよめきが聞こえている。
Mがハドルでいった。
「よっしゃ。次はあれや。度肝ぬいたる。ええな。カウント・ツー、ブレイク」
ハドルがとけて、全員がゴール前3ヤードにセットした。間もなくどよめきが消え、観客席は固唾をのんで見守っていた。水を打ったような静寂のなか、Mのコールだけが大きく響いた。
「シックス・ツー、シックス・ツー、レディ・セット・ダウン、ワン、ツー」
Sが勢いよくボールを引き上げた。
ボールが動き出すと同時に三木高校のラインは、相手をブロックせずに横に寝そべった。守備選手は勢いよく当たろうと前のめりの姿勢になっていたため、不意をつかれてみな転倒した。
守備ラインが全員倒れて前方に視界が広がった。
Mは、すかさず右端から斜めに走りこんでくるフランカーのWkめがけて正確にボールを投げ込んだ。
矢のように飛んでいったそのボールをWkはゴール内でしっかりと受け止めた。経験を積んだWkの手は、もう春のように緊張でこわばることはなかった。
「ピイー」
笛が鳴ると同時にたちまち大きな歓声が湧き上がった。
Wkは、目を潤ませて大きくガッツポーズをした。
「あれ」とは、密かに練習していたスペシャルプレーの呼び名だった。
そしてそれは、Wkの名誉挽回のために用意されていた。
2点コンバージョン成功。同点。残り56秒。
三木高校が勝つには、次のキックオフで、オンサイドキックをするしか選択肢はない。敵陣深くに蹴りこんで、相手方にボールを渡せば、4回の攻撃で時間を消費されてゲームオーバーになってしまうからだ。
キックオフで蹴られたボールは、パントと異なり本来フリーボールだ。つまり、早くそのボールを確保した側に攻撃権が与えられる。だから、少しだけ前にボールを蹴ってそのボールを自分たちで確保すれば、攻撃権が取れる。ただ、成功する確率が少ないので普通は、敵陣奥深くまでボールを蹴りこむ。
オンサイドキックが成功すれば三木高校には続いて攻撃権が与えられる。攻撃権を取ることは勝つための絶対条件だ。
レフェリーの笛が鳴った。
僕は、片手を大きく上げると同時に、ボール目がけて走り出した。そして、いつもより踏み込みを浅くして、慎重にボールの頭を地面にたたきつけるように蹴った。
正確にコントロールされたボールは左斜め前方に大きくバウンドしながら転がりだした。
そのボールを三木の僕らは必死に追いかけた。真っ先に突進したIがボールに追いつきそうになった。親分取ってくれ。ボールを追いかけながら僕は祈った。Iの手がもう少しでボールに届きそうになった。だが、Iがボールを抱きかかえようと倒れこんだその瞬間、体の小さな梅宮の選手が横からIの体の下に滑りこんだ。ボールは梅宮のものになった。
観客席からは大きなため息が漏れた。
奇跡は2度起こらなかった。
すぐに敵陣45ヤードから梅宮の攻撃となった。だが、梅宮も有効な攻撃ができず、レフェリーの笛で試合終了となった。
21対21、引き分け。
その場で、2週間後の再試合が決定された。関西大会まで時間がなかったからだ。
2週間はすぐに過ぎ去り、再試合の日がやってきた。梅宮高校とは、春から数えて3回目の試合だ。
いつものようにフィールドに整列して両校の挨拶が始まった。対面した三木の僕らは、相手の人数が少なくなっているのに気がついた。
(なんか人数が減ったみたい)
僕らは、そう思った。
試合が始まったが、いつものねずみはいなかった。かわりにボールを持って走っていたのは、いままでに見たことのないランニングバックだった。
前半は両校とも様子見模様で0対0に終わった。
後半開始。三木高校の攻撃が回ってきたところで、ハドルの中でKがいった。
Kは先の試合後に頭を丸刈りにしていた。Kなりの覚悟の表し方だった。
「もう引き分けは許されん。そろそろ、全開するで」
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