第9話 コップの水はどれくらい入っている?【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】
バーーーン!
スタートのピストルが鳴る。みんな一斉に走りだす。
高校の日々は陸上一色だった。平日は練習、週末は大会。
今日は大会の日だ。
立ち止まったら色々考えてしまう。
目標に向かって走っているときは、何もかも忘れさせてくれた。
走る。とにかく走る。走る。走る。
周りの景色が見えなくなる。
歓声も人も風の音も、空も地面も、全部一緒の風景になった。
自分の息と心臓の音だけが聞こえる。
この瞬間が好きだった。
「 まほちゃーーーーーーん!まほちゃーーーーん! 」
突然、自分だけの世界に、聞き慣れた声援が割って入ってきた。
お母さんだ!
仕事をしているはずのお母さんの声だった。
仕事を抜けて、見に来てくれたんだ!
「 あと一周!あと一周だよーー!がんばれ〜〜〜!」
お母さんの姿は見えない。背景はもう全部一緒だった。
景色が色んな色に混ざって伸びる。
でも、お母さんの声だけはハッキリと聞こえた。
お母さん...お母さん!
走る。とにかく走る。前だけ向いて走る。
一番だった。前に誰もいない。
視界がひらける。空と地面が一緒になる。
ゴールの白いラインが見えた。
「 まほちゃーーーん! 」
お母さんの声だけが響く。
景色が、音が、ゆっくりと戻ってくる。
空がおおきい。
ゴールラインはいつの間にか超えてしまっていた。
まほちゃーん、まほちゃーーん。
お母さんのよく通る声。強くてやさしい声。
観客席の最前列に、お母さんは立っていた。
お母さんは笑顔だった。
真っ赤な夕日が競技場を染めていた。
まほちゃん、まほちゃーん。
お母さんの声が何度も何度も聞こえてくる。
それは、私をずっと導いてくれた
世界でたった一人のお母さんの声だった。
お母さんとの思い出が、
ビーズが弾けるように次々と浮かんでくる。
鮮明に、お母さんとの記憶が通り過ぎて行った。
それは赤ちゃんの時、保育園の時、小学校.....
お母さんと生きた、なんでもない日常の日々だった。
まほちゃーん。
まほちゃーーん。
お母さんの優しい声がこだまする。
喧嘩をしたときも、励ましてくれる時も、褒めてくれる時も、
いつも私を呼んだのは、その声だった。
この名前をつけらてもらってから、幾度も呼ばれた。
いつも傍にあった、私を導いてくれる、大きくて柔らかい、
すべてを許してくれるお母さんの声。
それは、お母さんから愛された記憶だった。
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